翌日の昼休み
再び教室に、未來の姿がなかった
今日は清々しいほどの晴れた天気だ
未來のことだ。 きっとまた、『食後の腹ごなし』にでも行っているのだろう
天気からして、今日は外を歩いているのではないだろうか
そう思い、机の上に次の授業の教科書を広げたが……
ふと、違和感を感じた
不穏な気配がするというか、何というか
何だか今日は───妙に胸騒ぎがした
……未來を探しに行こう
そう思って、教室を飛び出した
靴を履き替え、1棟の校舎周りを一周してみる
しかし、未來の姿はない
もしかしたら、既に教室に戻っているのかもしれない
そう思ったが、どこかでそれを、強く否定する自分がいた
次に、2棟の周りを見てみようと、2棟へ近付いた時、先程よりも激しく、胸がざわついた
急がなければ、と無意識に思い、駆け足になり、反時計回りで校舎周りを回ろうとした、その時
校舎裏付近から、突如として、白い砂が敷き詰められ始めていることに気付いた
近付き、片手でそっと触れてみれば、ザラザラとした手触りを感じる
何なのだろうか、この白い砂は……
不思議に思いながらも、その砂を踏みしめ、校舎裏を走った
そして、資源置き場の裏へ行った時、一人の少女の、後ろ姿を見つけた
見慣れたダークブラウンの髪に、ひと目で誰か分かる
安心感を覚えながら、しかし、こんな時間にこんな場所で何をしているのかという疑問を覚えながら、その少女へと近付いた
様子を窺うために、足音を忍ばせ、ゆっくりと進む
───不意に、その少女が、右手を持ち上げた
それを見た私は、ぴたりと動きを止め、目を見張る
それは、自身の目を疑いたくなるような光景だった
少女の右手には───人間の、頭蓋骨らしき物体が乗せられていたのだ
刹那、乗っていたそれは、一瞬にして砂へと姿を変える
少女はそれを、微笑を浮かべながら見つめると、
指を開き、地面へと落とした
指の隙間から零れ落ちるそれは、地面のそれと溶け込んでいく
「……今、何を乗せていたの……?」
「何って……見たまんまのものだよ」
静かに問う私に、少女は驚きもせず、背を向けたまま答える
いつも周りを明るくする彼女の声は、その時ばかりは不気味だと感じた
「……嘘、でしょう……?」
声が、震えている
目の前に立つ彼女に、驚きを隠せない
「嘘だと言ってよ……
ねえ───未來」
未來がこちらを振り返る
その頬には、不気味な返り血が付着していた
「お願いだから……
嘘だとっ、いえ、夢だと言って! ねえ!!」
「これは嘘なんかでも、夢なんかでもないよ。
全部真実で、 全部現実」
頭を鈍器で、強く殴られたようだった
「ここに敷き詰められているものは……何……?」
「さっきの、見てたんでしょ?
ここにあるのは全部、自主退学した人たちの骨だよ」
倒れそうになる身体を、両足を踏ん張ってなんとか持ち堪えた
…………
これが夢だとしたら、どんなに良かっただろう
もし、夢だとしたら……
「今、私たちの下にあるのは、沢山の人の身体だった物なんだよ。
それがこんなにも集まって……
人の死の上に、人は成り立つ。
この世界は、〝死〟あってこそ。
私たちは今、それを体感してるんだよ。
なんか、感動しちゃうなぁ。
輝祈は、そう思わない?」
「…………違う……」
「何が違うって言うの?
私が言ってることは全て、事実じゃな……」
「違う! お前は未來じゃない!!」
もし、夢だとしたら……
こんなにも深い悲しみを、味わわずに済んだというのに
未來のなりすましに、怒鳴らなくて済んだというのに───
「……何言ってるの? 輝祈。
さっき自分で、私のことを未來って呼んだじゃ……」
「未來は!!
……未來はっ、私が今まで出会った誰よりも、人の不幸を悲しむの。
死という言葉を恐れるの。
だからっ……お前は、未來じゃない」
私の言葉に、彼女は肩眉を上げ、不愉快そうな表情をする
「私の何を知ってるっていうの?
今までのなんて、全部演技に決まってるじゃん」
───最初はただ、仕事のための、上辺だけの友人関係でしかないと思っていた
思っていた、はずなのに……
いつからだろう
こんなにも人間を───未來を大切だと思っていたのは……
「未來は、嘘がとても苦手だったわ。
何でも素直に聞いてきて、何でも隠さず話してくれた。
そんな純真無垢な彼女だったからこそ、私は心を許すことができたのだと思うの」
落ち着きを取り戻した私は、穏やかな口調で話す
「さっきから偽者扱いして、いつまで私を疑うの?
輝祈の知ってる私は、全部ただの〝役〟だったん……」
「あなたこそ、いつまで未來を否定する気?
あなたは、未來とは正反対な人間……いえ、生き物なのよ。
いい加減、その姿も元に戻して。
綾瀬実栗……いえ───エニス」
その単語を聞いて、綾瀬実栗(エニス)は目を見開いた
そしてすぐに、その姿を綾瀬実栗のものへと変化させる
「驚きました。
まさか、私の正体に気付いていたとは……
……ですが、私が逃亡したという情報は、まだ公には晒されていないはず。
何故、それを知っているのです。
貴方はいったい、何者なのですか」
「その質問には、答えられないわね」
一拍の間を置いてから、今度は私が問いかける
「未來は……どこへ行ったの」
「行った、というよりは、成ったと言うべきでしょうか。
伊勢崎未來は、この砂の一部となりました」
「っ……そう……」
一度、目を瞑り、そして開く
「……未來を返して」
「貴方は私の話を聞いていましたよね。
伊勢崎未來は砂となりました。
なので、戻すことは不可能です。」
「Anythingなのに、できないことがあるっていうの?」
「はい。 最先端技術によって開発された私でも、生き物を作り出すことは現在不可能です」
二人の間を風が吹き抜け、長い髪が私の視界を遮る
ブレザーのポケットから、未來から貰ったリボンを取り出すと、長い髪を後ろで一つに束ねた
深呼吸を一つ
冷静になった今、気が付いたことだが、
先程、未來になりすましていた目の前の彼女の髪には、あの早苗色のリボンが付けられていなかった
完璧だと謳われた彼女の、最初で最後のミスだろうか
そしてもう、私の髪を束ねているそれと〝おそろい〟の物は、これをくれた彼女の消失とともに、存在しなくなってしまったのだろう
「多くの人間を消しておいて、蘇らせることは不可能だと言うのなら……
───私は、あなたを消して、全てを終わりにするわ」
私がこれからすることは、〝復讐〟というのだろうか
いずれにしろ、これはきっと、生者のエゴだ
それでも、沸き立つ静かな怒りを、鎮めることなどできなかった
「そんなわけにはいきません。
私は世界を滅亡させます。
止めることなど、不可能です」
突如、無数の黒い物体が宙へ出現した
この先に起こる出来事が、良いことであってほしいと願いながら、視界の端でそれを捉える
対峙し、綾瀬実栗へと、一歩踏み出そうとした、その時……
私も彼女も予期せぬことが起きた
彼女の背後にある校舎の角から、人影が飛び出してきたのだ
人影は、そのまま綾瀬実栗へと襲いかかった
しかし彼女は、焦り一つ見せずに、それを軽く交わす
地面に着地した人影が、むくりと身を起こし、立ち上がった
……その正体は、転校してきたばかりの、箏美玲だった
「……やっと、見つけた……」
箏美玲が、小さく呟いた
「何の用ですか」
無機質な声で、綾瀬実栗が問う
「用、だと?
そんなの一つに決まっている」
憎々しげに綾瀬実栗を睨み付けると、箏美玲は叫んだ
「父の敵をっ、果たすためだ!!」
彼女の父親は、エニスと何か関わりがあったのだろうか
そう思っていれば、箏美玲は静かに語り出した
綾瀬実栗も、口を開くことなく耳を傾けていた
「私の家は代々、八極拳を受け継いできた名高い名門だ。
父は中でも最も強く、国からの依頼で、日本のとある研究所の警備の仕事も行っていた」
その言葉に、私の中で、彼女に関しての全てが繋がった
綾瀬実栗を追うようにして現れた、もう一人の転校生
人と戯れることを避けたのは……
「まさか、あなたの父親は……」
「そうだ!!
私の父さんは、貴様が殺した警備員だったんだ!
許さない……許さない!!」
……純粋に、己に課した任務を遂行するため
再び飛びかかる箏美玲を、またしても交わした綾瀬実栗は
「理由が何であろうと構いませんが、私の計画の邪魔をしないで下さい」
そう言って、箏美玲に手を翳し、一瞬にしてその姿を、白い砂へと変えた
「っ!? 何をっ……!」
「邪魔する者を、排除したまでです」
淡々とした口調で、綾瀬実栗は告げる
その平然とする姿に、我を忘れた私は、
箏美玲同様、彼女へと飛びかかった
綾瀬実栗が再び手を翳す
私はそれを避けると、彼女の背後へと回り込んだ
「素晴らしい!
ここまで素早い動きの人間が存在するとは、思ってもいませんでした」
嬉しそうに話す彼女の背に、攻撃を仕掛けようとすれば、彼女は瞬時にそれを交わす
「無駄です」
私から一瞬にして間合いを取ると、私たちは対峙する形で、地面へ着地した
このまま攻撃を何度繰り返しても、きっと今までと同じように、彼女は一瞬にしてそれを避けてしまう
人間ではない彼女と、真っ向勝負はできないというのだろうか
小さく芽生えつつある焦りに、唇をぐっと噛み締めた
「───輝祈っ!!」
……遠くから、私を呼ぶ声がした
振り返れば、こちらに駆け寄ってくる三人の仲間が
「加勢するぞ」
側までやってきた彼らの中で、最も長身な男───羽津摩が言った
「人間が何人集まろうと、私には敵いませんよ」
綾瀬実栗は、侮蔑するわけでも、同情するわけでもなく、ただただ無機質に言う
そんな彼女に、慎也は焦る様子もなく、微笑を浮かべて見せた
「もしも予想外の〝力〟が働いたとしたら……どうなるか分からないだろう?」
「非力な人間に、何ができると言うのです。
……尤も、雛桜輝祈のような人間が、一斉に攻撃を仕掛けてきたりするのならば、私も太刀打ちできないかもしれませんが」
眉を八の字にし、困ったような顔を、見事に表現した綾瀬実栗
「残念ながら、僕らは輝祈には遠く及ばない。
でも、君が冗談を言うとは思わなかったよ」
「人間の中に紛れ込んでいたのですから、それくらい出来なくては、やっていけませんよ」
…………
一瞬の沈黙が訪れた
「……そろそろ、時間の引き延ばしはよろしいですか」
綾瀬実栗はスッと無表情に戻ると、先程と同じく淡々とした口調で告げる
空気が瞬時に張り詰め、誰かが固唾を呑む音が聞こえた、気がした
「……たとえ最強と恐れられているロボットが相手でも、僕たち四人なら大丈夫だよ」
そう呟かれた柚希の言葉は、私たちを励ますため、というよりも、自分自身に言い聞かせているようだった
直後、柚希は空高く飛び上がると、空中で一回転し、地面に着地した時には、狗神としての本来の姿に変わっていた
「犬にしては大きさが異様ですし、現在、狼にそのような種類は発見されていません。
更に、人間に姿を変えることも出来るとなると、あなたはいったい何者なのですか。
私の後に製作された人工知能なのですか」
興味深そうに柚希を観察しながら、綾瀬実栗は問う
「その質問に答える義理はないよ。
ただ、少しだけ教えてあげるのは、僕は君みたいな酷い奴じゃないし、ロボットでもないってこと」
いつもの、愛嬌のある彼とは対照的に、冷めた眼差しで見つめ返した柚希
「益々興味が湧きますね。
手間ではありますが、あなたは少し構造を調べてから消しましょうか」
「っ!!」
獲物を見つけた獣の如く、柚希から目を離さない綾瀬実栗は、右手を彼へ向け、即座にその掌から光を放った
間一髪のところで横へ飛び退いた柚希は、一瞬の隙も見せずに綾瀬実栗へと接近し、その鋭い爪を持つ前足を彼女へ振り下ろした
不意をつかれた彼女の左腕が、鈍い金属音を立てて数十メートル先へ吹き飛ぶ
「……異能力を持ってすれば、君の完璧な未来予測だって、完璧ではなくなるようだ」
私の隣に立ち、臨戦態勢をとった状態で、慎也が僅かに笑みを浮かべて言った
「異能……人よりすぐれた才能。一風変わった独特な能力。
そのような力についての情報は、私のメモリーに記憶されていませんが」
「それもそのはずだよ。
僕らの力は、科学者や哲学者たちには認知されていないからね」
「でしたら尚更、徹底的に調べなければなりませんね」
……視界の端で何かが動いた
見れば、先程吹き飛んだ綾瀬実栗の左腕が、音も無く柚希へと近付いていたのだ
それは瞬く間に柚希へ忍び寄ると、彼の足を掴もうとした
「柚希っ!」
綾瀬実栗の方にのみ集中している柚希に呼びかけると、自我を持った左腕を破壊するために私はそれへ手を翳そうとした