「俺に……できると思うか……?」
不安げな表情をする羽津摩
「できるできないじゃない。
やるんだよ、君がね」
慎也はそんな羽津摩に、どこかで聞いたような台詞を言い放った
羽津摩は一度深呼吸をし、そして……
「俺は必ずや綾瀬の秘密を暴いて、人気投票1位の座を取り戻してみせる!」
……叫んだ
「…………羽津摩?
あなたはそんなことも、この計画を実行する理由に含まれているの?」
呆れ返る私を見て、羽津摩が目を見開く
「えっ……輝祈と王寺は違うって言うのか?」
「何故私が、そんなことを気にする必要があるのよ?
人気投票なんて、私には全く関係ないじゃない」
「え? だ、だって……」
何かを言いかけた羽津摩は、何故か慎也へと顔を近付け、何かを囁いた
「……だって輝祈は、綾瀬とも負けず劣らずの容姿なんだぞ?
おまけに、同じクラスの伊勢崎……?といる時にしか笑わないし、テストでは常に上位を保持しているしで、『高嶺の花だ』と皆が噂している。
もちろん、人気投票の順位もかなりの上位だ。
それなのに、自分には関係ないと言うのか?」
随分と長い時間をかけた言葉に、今度は慎也が何かを耳打ちする
「輝祈は、自分の容姿に関しては無自覚なんだよ。
ここまでだったとは、僕も今、初めて知ったけどね」
何かに納得したような、それでいて驚いているような二人に、何事かと首を傾げる
すると二人はニコッと笑い、「何でもない、気にしないでくれ」と声を揃えて言った
「───おっと、時間がない。
倉渕会長、さあ始めて」
何かを誤魔化された、わだかまりが微かに残ったが、雑念だと割り切って全て追い出す
「ああ…………よしっ、行くぞ」
そして羽津摩は……
目の前から、姿を消した
…………
数えること、数十秒
目の前に再び、羽津摩が姿を現す
「書類は見つけられたかい?」
慎也の問いに、安堵の息を漏らしながら彼が頷く
「ああ、バッチリ記憶してきた」
丁度その時、職員室の扉が開き、何が起きていたのか知る由もない校長が出てきた
「───ギリギリセーフってところだけど……
成功だね。 お疲れ様」
それを陰から眺めて、慎也はにこやかにそう言った
「……それで? 何か分かったの?」
私が聞けば、羽津摩は一瞬にして、その表情を曇らせた
「それが……おかしいんだ。
名前、生年月日、血液型は記されていたが、それ以外は全て空欄だったんだよ。
保護者名も、住所も、前の学校のことも。
そんなことがあっていいのかと、試しに他の生徒のものも、ざっと見てみたんだが……
そんな生徒、他には一人もいなかった」
「どういうこと?
そのままの状態ということは、校長も承諾しているということでしょう?」
「俺にも分からないんだよ!」
苛立ちを隠さない羽津摩に、私も慎也も困惑する
「───取り敢えず二人とも、今日はここまでにしよう。
もうすぐ昼休みが終わるから、教室へ戻らないと」
慎也の言葉で、それぞれが各自の教室へと戻っていった
教室へ戻れば、殆どの生徒が席に着き、授業の準備を始めていた
しかしそこに、未來の姿は無い
どうしたのだろうかと疑問に思いながら、自分の席へ着く
すると、バタバタと廊下を走る音が聞こえ、その足音がかなり近付いてきたという時に、教室の後扉を開けて、未來が姿を現した
「未來、ギリギリじゃん。
何してたのー?」
未來の近くの女子生徒が、ケラケラと笑いながら聞く
「ちょっと散歩してて……
危ない危ない。 もう少しで遅れるとこだったよ」
少し息を切らしながら未來が答え、ヨロヨロとした足取りで席へ着いた
そして、ブレザーのポケットにしまっていたらしい手鏡を取り出すと、素早く前髪を整え、リボンをきゅっと締め直した
ああ……また散歩に行っていたのか
未來は時々、昼休みに散歩をしている
以前、その理由を聞けば
『食後の腹ごなしってやつだよ。
ただ歩くだけだけど楽しいよ!
今度輝祈もやってみなよ!』
と言われた
無論、意味のない行為を嫌う私は遠慮したが……
私と違って、将来のために勉強しているのだから、遅刻はしないようにと願う
その後、すぐにチャイムが鳴り、授業が開始された
───終末時計の針は
少しずつ、少しずつ……
終わりへの時を進めていた
もしも今日が
『最期の日』だとしたら
人は何をするだろうか
死(オワリ)を受け入れ、
「最期だ」と、泣き崩れるか
「最期だから」と、全てを忘れ、笑うか
死を拒み、
大切なものを守るために
最期のその時まで
懸命に未来に立ち向かうか───
゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚
何だろう、この白い砂は……
少女は不思議に思いながら、砂の上を踏み歩く
その白い砂は、突如として、2棟の校舎裏付近から敷き詰められ始めていた
粒もかなり小さめで、寺院でよく見かける石を砕いたみたいだ、と考える
「……〜〜〜〜〜っ!」
───不意に、誰かの声が聞こえた
少女が校舎の角を曲がり、進んでいくと、徐々に言葉が鮮明に聞こえてくるようになる
「ちょっと顔が良いからって、調子に乗ってんじゃねーよ! 綾瀬!!」
グシャッ
……何かが潰れる、音がした
「きゃあ!?」
その短い悲鳴の後に、続けざまに聞こえる不愉快な音
綾瀬……?
綾瀬というのは、綾瀬実栗のことだろうか?
少女は思う
それより何よりも、この先で何が起きているのか気になった少女は、声と音のした方へ走り寄った
走り寄った先───資源置き場の裏には、一人の少女の後ろ姿があった
その右手には、地面に敷かれた砂と同じく、白い砂が乗せられている
しかし周りに、先程まで聞こえていた、複数名の声の主は見当たらない
疑問に思う少女の前で、手に砂を乗せていた少女は、微笑を浮べながら、その砂を地面へ落とした
サラサラと重力に従って落ちていく砂を、呆然と眺めていれば、全てを落とし終えた少女が、流れるような黒髪を靡かせて、こちらを振り返った
そして、呟く
「……どうかしましたか?
───未來さん」
゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚
翌日の昼休み
再び教室に、未來の姿がなかった
今日は清々しいほどの晴れた天気だ
未來のことだ。 きっとまた、『食後の腹ごなし』にでも行っているのだろう
天気からして、今日は外を歩いているのではないだろうか
そう思い、机の上に次の授業の教科書を広げたが……
ふと、違和感を感じた
不穏な気配がするというか、何というか
何だか今日は───妙に胸騒ぎがした
……未來を探しに行こう
そう思って、教室を飛び出した
靴を履き替え、1棟の校舎周りを一周してみる
しかし、未來の姿はない
もしかしたら、既に教室に戻っているのかもしれない
そう思ったが、どこかでそれを、強く否定する自分がいた
次に、2棟の周りを見てみようと、2棟へ近付いた時、先程よりも激しく、胸がざわついた
急がなければ、と無意識に思い、駆け足になり、反時計回りで校舎周りを回ろうとした、その時
校舎裏付近から、突如として、白い砂が敷き詰められ始めていることに気付いた
近付き、片手でそっと触れてみれば、ザラザラとした手触りを感じる
何なのだろうか、この白い砂は……
不思議に思いながらも、その砂を踏みしめ、校舎裏を走った
そして、資源置き場の裏へ行った時、一人の少女の、後ろ姿を見つけた
見慣れたダークブラウンの髪に、ひと目で誰か分かる
安心感を覚えながら、しかし、こんな時間にこんな場所で何をしているのかという疑問を覚えながら、その少女へと近付いた
様子を窺うために、足音を忍ばせ、ゆっくりと進む
───不意に、その少女が、右手を持ち上げた
それを見た私は、ぴたりと動きを止め、目を見張る
それは、自身の目を疑いたくなるような光景だった
少女の右手には───人間の、頭蓋骨らしき物体が乗せられていたのだ
刹那、乗っていたそれは、一瞬にして砂へと姿を変える
少女はそれを、微笑を浮かべながら見つめると、
指を開き、地面へと落とした
指の隙間から零れ落ちるそれは、地面のそれと溶け込んでいく
「……今、何を乗せていたの……?」
「何って……見たまんまのものだよ」
静かに問う私に、少女は驚きもせず、背を向けたまま答える
いつも周りを明るくする彼女の声は、その時ばかりは不気味だと感じた
「……嘘、でしょう……?」
声が、震えている
目の前に立つ彼女に、驚きを隠せない
「嘘だと言ってよ……
ねえ───未來」
未來がこちらを振り返る
その頬には、不気味な返り血が付着していた
「お願いだから……
嘘だとっ、いえ、夢だと言って! ねえ!!」
「これは嘘なんかでも、夢なんかでもないよ。
全部真実で、 全部現実」
頭を鈍器で、強く殴られたようだった
「ここに敷き詰められているものは……何……?」
「さっきの、見てたんでしょ?
ここにあるのは全部、自主退学した人たちの骨だよ」
倒れそうになる身体を、両足を踏ん張ってなんとか持ち堪えた
…………
これが夢だとしたら、どんなに良かっただろう
もし、夢だとしたら……
「今、私たちの下にあるのは、沢山の人の身体だった物なんだよ。
それがこんなにも集まって……
人の死の上に、人は成り立つ。
この世界は、〝死〟あってこそ。
私たちは今、それを体感してるんだよ。
なんか、感動しちゃうなぁ。
輝祈は、そう思わない?」
「…………違う……」
「何が違うって言うの?
私が言ってることは全て、事実じゃな……」
「違う! お前は未來じゃない!!」
もし、夢だとしたら……
こんなにも深い悲しみを、味わわずに済んだというのに
未來のなりすましに、怒鳴らなくて済んだというのに───
「……何言ってるの? 輝祈。
さっき自分で、私のことを未來って呼んだじゃ……」
「未來は!!
……未來はっ、私が今まで出会った誰よりも、人の不幸を悲しむの。
死という言葉を恐れるの。
だからっ……お前は、未來じゃない」
私の言葉に、彼女は肩眉を上げ、不愉快そうな表情をする
「私の何を知ってるっていうの?
今までのなんて、全部演技に決まってるじゃん」
───最初はただ、仕事のための、上辺だけの友人関係でしかないと思っていた
思っていた、はずなのに……
いつからだろう
こんなにも人間を───未來を大切だと思っていたのは……
「未來は、嘘がとても苦手だったわ。
何でも素直に聞いてきて、何でも隠さず話してくれた。
そんな純真無垢な彼女だったからこそ、私は心を許すことができたのだと思うの」
落ち着きを取り戻した私は、穏やかな口調で話す
「さっきから偽者扱いして、いつまで私を疑うの?
輝祈の知ってる私は、全部ただの〝役〟だったん……」
「あなたこそ、いつまで未來を否定する気?
あなたは、未來とは正反対な人間……いえ、生き物なのよ。
いい加減、その姿も元に戻して。
綾瀬実栗……いえ───エニス」
その単語を聞いて、綾瀬実栗(エニス)は目を見開いた
そしてすぐに、その姿を綾瀬実栗のものへと変化させる
「驚きました。
まさか、私の正体に気付いていたとは……
……ですが、私が逃亡したという情報は、まだ公には晒されていないはず。
何故、それを知っているのです。
貴方はいったい、何者なのですか」
「その質問には、答えられないわね」
一拍の間を置いてから、今度は私が問いかける
「未來は……どこへ行ったの」
「行った、というよりは、成ったと言うべきでしょうか。
伊勢崎未來は、この砂の一部となりました」
「っ……そう……」
一度、目を瞑り、そして開く
「……未來を返して」
「貴方は私の話を聞いていましたよね。
伊勢崎未來は砂となりました。
なので、戻すことは不可能です。」