携帯を取り出して画面を見ると、登録していないアドレスからメールが来ていた。
「女?」
「そーみたい。つーわけでカラオケ今度にして!」
立ち上がって空っぽの鞄を取る。
「行く気だったのかよ」という賢の呟きを背に、俺は自宅へ向かった。
「あっ奈津〜!」
家に入ろうとする俺を、甘ったるい声が引き止める。
振り返ると、約束していたと思われる女が立っていた。
あえて何も言わず中へ通す。
「お帰りなさいませ、奈津様」
丁寧にお辞儀をして出迎える、品のあるじーちゃんには適当に返事をして、自分の部屋に向かう。
「すごいよねぇ、“奈津様”だってさ」
「やめてほしいんだけどな〜」
「さすが大企業の社長の息子って感じ」
その言葉だけが、やたらと強調されているように聞こえた。
長い廊下を歩き、部屋に着くと。
「先使うね」
女は短く言い、ドアを閉めて出ていった。
アイツのことは何も知らない。
これっぽっちも。