一ノ瀬 紗都 40歳

小さい事務所の事務員

公にしている趣味は

料理、裁縫、生花などなど…

秘密の趣味は

携帯小説♪

暇さえあれば

ウキウキ♪ドキドキ♪きゅ~ん♪

そんな私の旦那様

一ノ瀬 壱弥

同じ年で冷静沈着、やり手の職人さん

そして、愛する娘達

李都(いと)
旦那様に似てクールビューティな大学1年生

小都(おと)
お姉ちゃん離れできない中2

私は幸せ…

確かに幸せなんだけど…

携帯小説読むたびに…

隣でぼーっとテレビ見てる旦那様をちらっと見ては


はぁぁぁ…


求めてはだめ

こんなのは携帯小説だけなんだから

あんな小さい事務所に素敵な社長は来ないし

支店もないんだからイケメン上司は配属されない

ましてや40歳のおばさんを口説く馬鹿はいない



「…ぉぃ…ぉい…おいって!」

ね…名前で呼ばない…
名前で呼ぶまで無視してみよう(笑)

チラ…フン♪

「は?何?おい!紗都!」

無理やり壱弥の方に向かされ

「無視か?」

「無視してないし。何?」
「腹減った」
「はいはい。準備するね」
「おー」

あぁぁ…恋愛とは程遠い…

壱弥と最後にキスしたのは

いつだったかしら…

ピピピ…ピピピ…

「ぉぃ…ぉい…紗都!朝だぞ!」

ぁ…もう朝?

「ぁ…うん…おはよ…」
「弁当忘れるなよ?」

わかってるわよ…朝から嫌味なんだから…

朝ごはんにパパのお弁当…
ゴミを集めて…
洗濯…

あ、掃除しなきゃ…

出勤時間まで後30分

メイクも昔に比べたら短時間で終了

ときめきどころか…

女を捨ててる?

まずくない?
まずいよね?

ぁ…こんなとこにシミ?

いやいや、遅刻しちゃう!

バタバタとクローゼットを開けて
適当にカットソーとスカートを合わせて
大急ぎで服を脱ぐ

ぇ…これ…私?

たるんだお腹にたるんだお尻…

いやいや、見なかった事にしよ

だって

だって

遅刻するから!!!!
「李都~!小都~!ママもう出るからねぇ!」

家じゅうに響き渡るような大きな声で
子供達の部屋に声をかけると

バンッ!!
勢いよくドアが開いたと思ったら
しっかり者の李都が部屋から顔を出して

「ママ!自転車?雨よ?」

「ええええええ~っ!!!
 …レインコート!レインコートどこだっけ?
遅刻しちゃうぅ~!!!」


どこ?レインコート!どこ~~~???

思い当たる所を必死に探す

ない!ない!なんで???



……慌てすぎ。またお前は俺を忘れてたな…

上から声がして、紗都の体が宙に浮かんだ

え?え?
「ちょっと!今急がしっ「さっさと行くぞ」」

上を見ると、呆れ顔の壱弥が紗都を抱えて歩いてる


「「いってらっしゃ~い!」」
「ついでにママ?レインコートは小都がもらったじゃん?
ママ、雨の日はパパが送って行くからいらないじゃん(笑)」

子供達に言われて初めて気づいた…
小都にあげたんだった…


壱弥は車のドアを開けて助手席に紗都を置く
運転席に乗り込むと、無言で走りだす


「ごめん…」
「焦りすぎ。天気予報で雨だって言ってたろ?」
「…その時間は…唐揚に夢中で聞いてませんでした!」
「お前なぁ…」

顔をあげると事務所の前

「行って来い。帰り迎えにくるから」
「うん!ありがと!行ってくるね♪」

車を降りると手を振って小走りで出勤


雨の日って朝から疲れるわぁ…
「さて…今日も頑張りますかっ」

独り言も多くなったなぁ…なんて思いながら
紗都はまだ社員が一人もいないフロアを
横切り、給湯室へ

社員が来る前に給湯室のポットやコーヒーサーバーの
準備を始める。

シンクに洗ってないマグカップが1つ…

このカップは…間宮君だな
昨日は残業だったんだ
今日は濃いめのブラックでも入れてあげよっかな…

なんて思いながら間宮君のマグカップを洗い、
社員のマグカップ置場に置く

「おはようございま~す!」
「お~っす」
「おはようさん♪」

続々と社員が出勤してくる。

「おはようございます。」

紗都は次々に出勤する社員に、コーヒーやお茶、紅茶と
配っていく

間宮君のデスクにコーヒーの入ったカップを置くと

「今日は濃いめブラックだから気をつけてね。
これはおまけ♪」

紗都はポケットから小さなチョコを取り出し、
デスクの端に置く

「お~きた!紗都さんの残業セット♪癒される~!」
「ちょっと、なんか私が残業させてるみたいじゃん!」
「いやいや、紗都さんの残業セットのおかげで
今日も仕事頑張れますから!ありがとうございます!」
「いやいや、残業しないで定時で帰れる努力をしようよ…」

「って、昨日はしかたないんですよ~
急に新規の大きい契約入って…あ!!!
今日から一週間、会議室占領します!
昨日の契約先の打ち合わせが九時半…
おわ~~~っ!もう来る!!」

ばたばたと会議室に走っていく間宮君
時計を見ると、9時を回っていた

朝から疲れる…

ため息をつきながら、給湯室に戻り、来客用のお茶を
用意し始める

受付カウンターの方から慌てふためいた声がする

「え?え?こんなに?ちょっと待ってください
紗都さ~~~ん!!」

紗都が給湯室から顔を出すと、そこには
たくさんの段ボールと苦笑いの配達職員と泣きそうな顔の由宇


「はいはい…」
カウンターにある伝票を手に取ると
発送元は知らない会社

発送先はうちの会社の名前がちゃんと書いてある
会社名の下に「(会議室)」とあることから
さっき、間宮君が言っていた新規契約相手…

「由宇ちゃん。うちの台車、あるだけ持ってきて。
私が確認して受け取るから。」

カウンターから一番近いデスクにいた営業課長の佐伯さんに
伝票を見せる。

「すいません。間宮君の担当先の会社名で間違いありませんか?」
「え?間宮?・・・あ~そうだね。ラグレス。まちがいないよ。」

佐伯さんから伝票を受取り、一礼すると
カウンターにもどり、受取印を押すと、

「お待たせいたしました。すいませんが、会議室に置いてください。」

台車を持ってきた由宇と段ボールを積み上げ、
会議室に配達職員を案内する。

会議室をあけると、まだバタバタと準備している間宮君

「間宮君?ラグレスから大量のプレゼントが届いてるけど?」
「え?え?何これ?…資料って…こんなに?
えっと!とりあえずミーティングルームに!いや、俺も
運びます!」


………

…ミーティングロームいっぱいの段ボール
…苦笑いの配達職員とクタクタの間宮・由宇・紗都

「ありがとう…ございました…」

配達職員の背中を見つめながら

彼も今日は筋肉痛かな…

なんて呟いてると、入れ違いに
スーツの男が入ってくる

名刺入れを取り出しながら
「初めまして。株式会社ラグレスの神野と申します。
九時半からお約束しておりますが、間宮さんをお願いします。」

紗都は名刺を受取りながら

「お話は伺っております。
そちらにお掛けになって少々「お~~!久しぶりだな!神野!」

振り返ると、満面の笑みを浮かべた所長が両手を拡げて向かってくる。

「ご無沙汰しております。平さん。」と一礼する神野さん

「今回はお手柔らかにな(笑)」

なんだ…所長の知り合いか…

二人を横目に間宮君を呼びに行く


バタバタ間宮君は冷や汗かきながら、所長、神野さんと
会議室に消えていく

来客のお茶出しは由宇ちゃんの役目

私は用済みなので、今日初、やっと自分のデスクに座り、
通常業務につく


うん、朝から疲れる…
PCの電源を入れ、業務に必要なデータを拾い集めてく

来客のお茶出しは若い由宇ちゃんにお任せだから
紗都の出番はない…はず

「紗都~っ」
会議室のドアから顔だけ出した所長に呼ばれる

「はい、ただいま…」
会議室に入っていくと、こちらの挨拶も待たず

「紗都、今日から神野が1週間、会議室使うから。
紗都は神野のアシスタントで会議室勤務な。
神野、さっき会ったからわかるな。一ノ瀬だ。」

はぁ?!

冷静に装っていた紗都も、いきなりの業務命令に
あっけにとられたが

「了承しました。一ノ瀬 紗都です。
今担当している案件はゆ、いえ、播磨さんに今日中に引継します。
明日までに必要な物などは言ってもらえれば早急に
用意いたします。
私の業務開始は今日の午後からでよろしいでしょうか。」

一気にまくしたてると
神野が

「一ノ瀬さん。よろしくお願いします。
必要な物ですが、先ほど届いた段ボールに
全て入ってます。午後から開封と準備を手伝って
いただけますか?」

「では、午後からこちらに入りますので
よろしくお願いします。」

軽く一礼し、退室する紗都

予定が一気に狂った…

少しイライラしながら由宇のデスクに向かう

「由宇ちゃん、私が今抱えてる仕事
引継するから、データ全部引っ張っておいて。
私は明日から会議室勤務になったから。」

「え~~~!紗都さんの仕事、難しいんですよ~
私じゃなく、間宮、いや、誰か別の人に頼んでくださいよ~」

「文句言わない!このデータとこのデータをベースに
まとめるだけだから。わからない事は会議室まで
聞きにきたらいいでしょ?」

「はぁい…まぁ、神野さんに会えるし…そこからなにか
芽生えるかも?ん~~…仕方ない、わかりました!
お引き受けします!」

由宇ちゃんよ…何が芽生えるか知らないが
顔が悪い人になってるよ…

もう少しでお昼…「あああ~~~っっ!!」
なにごと?!

叫びながら駆け寄ってきた由宇

「今度は何!!静かに!!」

紗都のデスクに辿り着くと今度は小声で

「紗都さん、今日から会議室使えないってことは、お昼ご飯は
どこで食べるんですか?」

仕事の話じゃないのか…

「今日は外食になるわね。今日中にミーティングルームが
空になるから、明日から1週間はそこね。
他に質問は?無いなら仕事に戻りなさい!」

あぁ…なんかやつあたりっぽい…
だめだめ、こんなんじゃ…
とぼとぼデスクに戻る由宇に

「由宇ちゃん、お昼はearthに二人、予約しておいて。
12時にいつものコースって伝えてね。」

「はいっ、え?え?いいんですか?はい!!
電話しま~す!!」

重い足取りからスキップに変わった由宇を
見届けながら、スマホを取り出し、ささっと操作し
ポケットにしまいこむ。

やりかけの仕事をきりのいい所まで完成させて

保存っと…そろそろ時間かな…


席を立つと、小さなバックを持った由宇が

「紗都さ~んっそろそろ時間で~す♪」
「はいはい、行きますか。」

……………………
外壁もドアも全て真っ黒で真四角の建物

看板だけが薄いベージュに緑の文字が浮かぶ

「earth」

これだけじゃなに屋さんなんだかわかんないよね(笑)

AM6:00~AM2:00 予約さえ入れれば状況に応じた料理と
飲み物を出してくれるお店

今日は由宇ちゃんが電話しただけで、紗都と由宇の二人で
ランチだと暗黙の了解ができている

「「こんにちわ~♪」」

いつも通りに入っていくと

「いらっしゃ~い♪お待ちかねだよ」

は?誰が?

「え?紗都さん誰かと待ち合わせしたんですか?」
「いや…「紗都、早く来いよ。もうできるぞ。」」

へ?

個室のドアから顔を出す壱弥

「あ、壱弥さんと待ち合わせだったんですか。
もう、紗都さん達ラブラブじゃないですか~」

「由宇ちゃんも早くおいで~(笑)」

個室を覗くと、そこには壱弥の同僚兼幼馴染の創

「あなた達、今日休み?っていうか、なんでここ?」
「壱弥に誘われて「紗都が来るなら来るだろ、普通」」

いや…普通じゃないし(汗)

「earthだって安全とは限らないだろうが「どうゆう意味だ、壱弥」」

earthのオーナー琥太郎が料理を運んでくる
「お前が一番危ないだろうが。紗都、こいつに近づくなよ。」
「近づくなも何も、紗都ちゃん来る時はお前も来るだろうが。」

あ、そういえばそうかも…

「そうですよね~考えてみたら常に壱弥さんいますね(笑)」
「いやいや、由宇ちゃん、俺だって仕事してる時もあるんよ?」

なんて壱弥が反論するも

「でも、紗都さんがearthだと壱弥さんいますよね」
「なんだかんだ言っても仲いいよな、壱弥達は。」

話しながら各々食べ始める…

向かい側に座る創と由宇ちゃんが内緒話しながらクスクス笑い出す

「二人とも、何よ」
「お前ら、言いたい事あるなら言えよ。」

「ぷッ…今日もその儀式始まったなって話してたんですよ(笑)」
「壱弥も紗都ちゃんも好き嫌いはいけませんよ?(笑)」

え?
壱弥と自分のプレートを見ると、
紗都のプレートには壱弥の嫌いなカボチャが
壱弥のプレートには紗都の嫌いなトマトが乗ってる

言われてみれば、外食の時は必ず壱弥がお互い嫌いな物の移動をしてくれる

「儀式って…そんな大がかりでもないでしょ」
「嫌いなものを無理やり食べたって楽しくないだろ」

「はぁ…私も彼氏ほしくなっちゃったなぁ…」
「俺も…結婚したくなったわ~」

「なんだ、それ」
「由宇ちゃんはまだ若いんだからいくらでもできるでしょ?」

「え~紗都ちゃん、俺は?」
「「創は少し焦りなさい」」
「そんな~」
「まずは彼女でしょ…ってあなた達二人くっつけば?」
「そうだな、利害一致してるし」
「いやいや、こんなおっさんじゃ、由宇ちゃん可哀相だろ(笑)」
「私は年上好きですよ?創さんなら特に」
「「「え?!」」

びっくりする紗都達を横目に食べながらシレッと答える由宇


みんな、食べ終わるまで無言だったのは言うまでもなく…

「「「「ごちそうさまでした」」」」

いそいそと2組に分かれ、解散…

会社に戻る道のり…

「由宇ちゃん…さっきのって…」
「紗都さん…創さんって私の事、どう思ってますかね…」
「え…創は…創は…嫌いじゃないと思うけどね。
由宇ちゃん、創の事…?」

由宇は紗都を見る事もなく静かに話し始める

「新入社員で毎日泣いてたとき、紗都さんがearthに連れてって
くれたじゃないですか。
その時初めて創さんに会って…
紗都さんがトイレ言った時、創さんが言ってくれたんです。
「仕事しててそんなに泣けるってすごいと思う」って。
「頑張ってるから悔しくて、もっと頑張りたいから泣けるんだろ?」って。
それからずっと頭から離れなくて会う度に気になって…
でも年も離れてるから相手にされないだろうって
今の今まで諦めてました(笑)」

「ごちそうさまでした」と自分のデスクに向かう由宇を
複雑な気持ちで見送りながらデスクにつく紗都

創か…
今夜は呼び出されるだろうな…

あ!午後から荷ほどきだった!

慌ててミーティングルームに向かう

その頃、40にもなってアタフタして壱弥に食い下がってる男がいる事も知らずに…