『刃物で切りつけた後、火を放つなんて・・・相当の恨みがあったんでしょうね』

焼け焦げた死体を前に、険しい表情をしている警官の¨フェノン¨は隣に立つ¨ジャド¨へと声をかけた。
死体だけではなく近くのソファ-も床も真っ黒に焦げてはいるが、明らかに燃やす対象が死体だったことを窺える状況だ。

『遺体の身元はグレンダで間違いないんだろうな。
事件の前後にホテル内に不審な人物がいなかったかどうかは調べたのか』

ジャドはそう言いながら年期の入った指で煙草を挟むと、口へと持っていった。

ヴィーナスゲ-ジで最高ランクのホテル、ヴィーナスホテルでボヤ騒ぎが発生との通報があり都市警察が駆けつけた時、火は既に従業員によって消しとめられていたが、発火元の部屋にあったのはグレンダの焼死体だった。

『はい、簡易DNA検索の結果、ほぼグレンダに間違いないかと。
後、調べによりますと、事件の直前にグレンダは赤いドレスの女と二人きりでこの控え室に入って行ったらしいです。
ショ-トカットのブロンドヘア-の綺麗な女で、会場でも目撃されていますが・・・事件後は姿を見た者はいません』

『赤いドレスの女・・・』

フェノンの報告にジャドは胸の前に腕を組むと首をかしげた。



『犯人が死体を焼く理由は主に二つだ』

突然の背後からの声に、ジャドとフェノンは同時に振り返った。

『あ、¨クロイツ¨!』
そこに立っていた黒いス-ツ姿の男にフェノンが驚いた表情で声をあげた。

『久しぶりだなフェノン。
相変わらずチビだな』

クロイツと呼ばれたその男はフェノンを一瞥した後、ジャドへと1枚のカ-ドを見せた。
それは、この細身の黒ス-ツの男が"スピア"のメンバーであることを示していた。

『スピアか・・・。
国家や要人が関わる事件にしか興味がない組織が、こんなショボい殺人事件に何か用かい?』

ジャドは煙草を携帯灰皿に押し潰しながら質問を投げると、フェノンもそれに同調するようにクロイツを見つめて頷いた。

『グレンダはテロ組織への資金援助の疑いがあり、スピアのマ-ク対象だ。
彼が殺害されたことは、そのテロ組織と何か関係があるかもしれないということで我々も捜査に加わる』

『まあ、グレンダが黒にせよ白にせよ、ヴィーナス様にとっての不穏分子の1つが消えたことには変わりないわな・・・』

『何か言いたげだな、都市警察の副局長よ。
何せよ我らの捜査の邪魔はしないことだ』

クロイツはそう言うなり、焼け焦げたグレンダの前にしゃがみこんだ。


『そ、そういえばクロイツさ、さっき犯人が死体を焼く理由が何とかって・・・』

現場に漂う気まずい雰囲気に堪らずフェノンが口を開いた。