「本当に病院で治療を受けるんだな?」

「ええ」


そんなお金は今の私にはないの。

それに、自分の体は自分がよく知っている。尊と関わらなければ私は問題なくこれまで同様の生活が出来る。

だから、このままでいいのよ。


「心配かけて申し訳ありませんでした。契約については派遣会社の担当の田中さんと話し合って下さい」


もう昔を振り返らない。だから、これ以上私に構わないで。


「お世話かけました。ありがとうございました」


この人は私の派遣先の会社の専務。

そんな人が派遣社員などを本気で相手にはしない。

だから、これでいい。外部の人間らしく私は会社を去っていくの。


「これからどうするつもりだ?」

「これまでと同じ生活をするだけですから、ご心配なく」


私は玄関まで行くと尊に帰れと言わんばかりにドアを開けた。


「君は亡くなった子の父親を好きなのか?」

「いいえ。終わったことだから」


尊は何も言わずに帰って行った。

私は泣きたい気持ちで胸が締め付けられるような苦しみを感じたが、生きていくには仕事が必要だからと泣いている暇はない。

もっと、自分を強く持たねばならないと心に誓うが、今朝、尊に抱き締められ心地よかったあの抱擁が私を更に苦しめる。

思い出したくなかった昔を思い出し愛されない現実を知りながらまた愛を求めたくなる。


頭と心の違いの大きさに私の心は壊れそうだ。


「あんな残酷な人をまだ愛してるなんて、馬鹿な私」


仏壇の前に座りまた泣いてしまった。