初夏の東京。気だるい暖かさが徐々に凶悪な熱を帯びていく季節。
氷上恭吾がA社の上層部に呼び出されたのは、金曜日の午後だった。

「失礼します」
恭吾は目の前に立ち塞がる、重々しい役員室の扉を開いた。
会社全体に禁煙防止の教育が徹底されている現在、役員室も御多分に漏れることはない。
不自然なまでのミントの香りが部屋いっぱいに広がっていた。
目の前の会議用テーブルには、既に葛西専務、藤木常務、それに直属の上司である春山部長、あまり長い時間顔を合わせ続けたくない面子が陣取っている。
「入りたまえ」
葛西の言葉に促されるまま、恭吾は設えてあったパイプ椅子に腰掛けた。
(ソファーみたいな椅子に座りやがって)
恭吾の心の声など拾われることは当然なく、会議は淡々と進められていった。
「君は海外事業への参加を志していたね」
口を開くのは専ら葛西専務のようだ。他の2人はオブザーバーであるかのように、口を開く気配は見られない。
「はい、海外関連の部門がある、ということが、この会社に入った大きな理由の1つでしたので」
「君は中国語の勉強歴はあるかね?」
「っ、中国語、ですか……」