リビングの入口に立っていつまでも
座ろうとしないはるかを、
練は半ば強引にこたつに入れた。
はるかはそれでももじもじしながら、
話しかけるタイミングを見つけようとする。
なかなか口を開けなくて、
練が入れてくれたココアを一口のんだ。
すーっと心に溜まった重いものが
溶けてなくなるような気がした。
涙はもう流しきった。
左腕にカピカピになった鼻水を見つける。
ごめんなさい、鼻水
と、はるかは指を指した。
あぁ、気にしないでください。
練はそう言ってお茶を入れる。
そんなに飲めないですよ、
そう言いかけた言葉を飲み込む。
「あの人って…誰か聞いてもいいですか?」
はるかは大福に伸びかけた手を引っ込める。
「親戚のおじさんです」
「一緒に住んでる人?」
無言で頷く。
「雑誌の記者だったんですけど、辞めて、今はパチンコしかしてなくて。お金も奪われたりして、お酒いつも飲んでて、酔うと暴力…」
練は、きつく目を閉じた。
自分の激しい心の苛立ちを
抑えることに精一杯で。
「それで…この前…」
はるかの目を見つめる。
じぃっと見すぎたか。目をそらされた。
「この前…襲われて…」
カチカチカチカチ…と秒針の音が
いつもより大きく感じた。
「だから、家出をしてしまって…」
「警察には言いましたか?」
首を横に振る。
どうして、と言いたげな視線を送った。
「ここまで育ててくれたのは、おじさんだから」
再び沈黙。
「ここ、出ていきます」
「え、いや、ここ出ていってどこに…」
「練」
練の言葉を遮って、
はるかじゃない別の声が聞こえた。
練が目を向けると、
そこには女の人が立っていて。
「成美…」
と呟いた練の目はとても戸惑っていて。
あぁ、彼女か…、と思った。
胸の奥のもやもやは
無理矢理気づかないふりをした。