「あの〜、すみません」
フードを被った男に背後から声をかける。
男はゆっくりと振り向くと、翔太を見据えた。
「何」
「平田幸人さんですよね?」
「誰」
否定をしない。
翔太は男のフードを外して顔をまじまじと見る。
「あ、ほんとだ。似てる」
引越し業者に来てもらう。
あれと、これと、それと、と、純を抱っこしながら持っていくものをお願いする。
と言っても、数はそんなになく。
荷物を運び出してもらっても、そんなに前とは変わらない風景。
玄関に置いてあったベビーカーに純を寝かせる。
「ありがとうね」
ポツリと呟けばふっと消えてしまう。
「さよなら、練」
鼻の奥がツンとする。
途端に溢れそうになる涙をぐっと堪える。
「きゃっ」
純がそう声を上げて、成海は微笑んだ。
「泣かないぞー!」
大きな声で叫んでみる。
泣きたくない時は大きな声を出してみる。
成海は練の匂いのする部屋に鍵をかけ、
ポストに入れてアパートを後にした。