「こもり、結婚しよう」
そう言ってくれた
嬉しかった
本当に…
『……はぁ?』
言っている意味がわかりませんが?
私は眉間にシワを寄せている
だって、社長が言っている意味が全くわかりません
「いや、だからさ…やろうとしてた新事業さ……やめたんだ」
申し訳なさそうな顔をする社長
あれだけの時間を費やし
眠る時間も削っていたのにもかかわらず
やめたという報告をしてきた
『…今まで、どれだけ私がお二人の仕事をこなしていたと思いますか!?いつか私にも説明があるだろうと、ずっと耐えて待っていたんですよっ!!』
バン、とっ会議用のテーブルを叩く
ビクッと社長と優さんの肩が揺れた
「み、澪ちゃん、本当に悪いと思っているんだけど……、けど…」
『けど、なんでスカッ!?かなりの利益があがるだろうって話していたじゃないですか?増員する話、すっごい期待していたんですよ!?』
優さんの言葉も私の勢いで消してやった
婚約をしてから
社長は毎日残業や会合
一番嫌がっていた接待にまで行って頑張っていた
毎日疲れ果てた社長を見ていたから
なぜ、こんな事になったのか…
『そもそも、どういうことをやろうとしていたんですか?私はそれすらも知らないんですよ!?』
いい加減教えてください、と言うと
社長も優さんもだんまり…
いつも二人で話し
私が聞けばはぐらかす
怪しいったらありゃしない
『…そうです、なら結構です』
私は会議用のテーブル席から離れ
自分の席へ移動した
こもり、と社長のか細い声に後ろ髪を引かれたが、今はダメだ思い無視をする
そして、もう他の社員さんはいない
ならいい、
早々にパソコンを閉じ、机の上を整頓し
鞄を持って立ち上がった
澪ちゃん?と優さんの声も無視
『お疲れ様でした、お先に失礼いたします。これから私は行くところがありますので、連絡は控えてください。では…』
事務所のドアを勢いよくバン、と閉めた
「澪っ!」
焦った社長の声が聞こえたが
知らぬ顔だ
急いでエレベーターのボタンを押した
丁度よく、箱が降りてきた
中へ入りボタンを押し、ドアが閉まった
ドアが閉まる瞬間、社長の慌てた顔が見えた
ざまぁみろ、と内心思う
社長と優さんも大変な思いをして
新事業へ取り組んでいた
けど、二人が新事業へ取り組めるよう
私なりにかなり仕事をこなした
残業だってした
休日出勤だってした
それに、せっかく婚約しても
社長とのんびりする時間やデートする時間だって無かった
我慢したんだよ…本当は寂しかった
身体を重ねたのも、あれっきり
あれから1ヶ月は過ぎている
いやいや、したい子みたいだ
別にそういうわけじゃない!
…けどね、
キスも…あれっきりなんだよ
熟年夫婦じゃない、
付き合いホヤホヤなんだよ、こっちは!
そんなこと、全部ひっくるめたら
ゴメンの一言で片付けられない!
ある人に電話をしようとスマホを手に握れば、振動がしていた
画面を見て、ボタンを長押し
電源をオフにしてやった
電話は遠慮すれと言ったはずだ
なのに早々かけてくるとは…
今日は夕食は作ってあげない、
って言うか、帰らないっ!
私はかなり怒っているんだから。
電源を切ったスマホを鞄に入れ
私はある場所を目指した
タクシーに乗ろうか
バスに乗ろうか、悩んだが
頭を冷やすために、歩いた
そして30分歩いて着いたお店
【レストラン トーマ】
社長のお兄さんのお店だ
「いらっしゃい…、澪さん」
『こんばんは、植野さん』
植野さんは3回目に社長と来た時
私がメニューを見ずに注文をした時に
驚いていた店員さん
あの時、すっかり仲良くなってしまった
ニコニコ顏が素敵な青年
「今日は待ち合わせですか?」
私が一人だとわかり、社長と待ち合わせだと思ったらしい
『いいえ、一人なんですがいいですか?』
一人で来たのは初めて
少し緊張するが、植野さんは素敵なスマイルで、私を席へ案内してくれた
今日も食べたいメニューがあるんだ、と
メニューを見ずに注文した
料理が来るまで、ぼーっと外を眺める
一人で外食なんて久しぶりだ
社長…怒ってるかな?
自分が怒って出てきたのに
冷静になると少しばかりの後悔だ