指先からwas唇からlove【再公開】

施錠された鍵を、海也が加工した針金らしきものでこじ開けた先に、

もちろん、教室なんてない。

高いフェンスで囲まれた屋上だ。



「 ……ここ実験室じゃあないよね?」


ビュン! と、一月の冷たい風が私の声を震え上がらせる。




「何ついてきてんの? バッカじゃね?」



海也は、理科の一式を持ってついてきた私を冷ややかな目で見ていた。



「てっきり実験室に行くのかと」


「俺が皆と机を囲んで実験するタイプに見えるか」




……し、


知らないよ。そんなの。

授業のスタイルに本人のキャラクターなんて関係ないじゃん。

遅刻してきた上に授業出ないとかありえない。


この人、本当にどうしようもないヤンキーなんだ。



「じゃ、実験室はどこ?」


「もう忘れた」



おまけにバカ。




ハッ!


始業ベルが鳴って、気が動転した私が慌てて下へ下ろうとしたら、




「……その制服、いいよな」



突如、後ろから誉められた。



「え」



「紺色のセーラー服……」



ここの学校の女子制服がグレーのボレロ風の制服だから、新鮮に見えるのかもしれない。


「……そ、そう?」



キャラに合ってないのに、海也が良いと言ってくれたセーラーが、強風に煽られて、私の顔をパタパタと叩いている。


さむっ。


ここにいるだけで風邪を引いてしまいそう。


おまけに、
鍵をこじ開けて、こんなヤンキーと一緒に屋上に居るところなんて先生に見られたら、私は初日に問題児のレッテルを貼られてしまう。



とりあえず屋上から下へ降りることに。









階段を降りきったところに、


「あ、緒先さん、いたいた!」


私を待ってくれていた人が……。



「い、一ノ瀬……くん」



邦画ヒーローばりの爽やかくん。



「授業始まったのに、理科室来ないから迎えに来た」



そして、またニッコリと白い歯を見せる。





「あ……ありがと」



これが少女漫画なら、″キュン″ とかするんだろうな。



私はひねくれてるのか、そんな音は、胸からはしなかった。



「女って冷たいよな。誰か一人でも緒先さんのこと待っててもいいのに」


実験室は別校舎の一階にあるらしい。

結構な道のりだ。




「皆、自分のことで忙しいんだと思うよ」


「場所教えるだけじゃん! 基本、不親切なんだよ」



「……一ノ瀬くんは、めんどくさくないの?転校生のお世話なんて」




なんのメリットもないことなのに。


それでも、一ノ瀬くんは即答。





「俺、″ぼっちの人″ とかほっとけないタチなんだよね」



何気ない言葉で、チクッと私の心を突き刺した。









「ここが家庭科室、で、奥が理科室。美術室と、図書室は二階だから」


親切な顔を持った一ノ瀬くんは、行き着く迄にも色んな情報をくれた。



「……ありがと」


「隣のよしみ、何でも聞いて」


「……うん」


″なんでも″ ……


「緒先さん、見つけましたー♪」

「お、でかしたぞ一ノ瀬!」

「一ノ瀬くん、やっさしー♪」


理科室に私を連れてきたこの人はクラスの人気者。




私の中で、隣の席の彼のあだ名が確定。





″ He's an everybody's friend.″



八方美人。





小学校の時の転校と、中学の転校で明らかに違うのは、

やっぱり男子の視線だ。

小学校の時迄は、男女隔たりなく物珍しく寄ってくるのは当たり前だったけど……。



「緒先さん、呼んで」


今はただ、それだけじゃなくて。


「また転校生、呼び出されてる。今日は誰から?」



「三年生の飯島先輩」

「お~~!」



新しい恋愛対象なってしまう。




こんなこと初めてだ。
ここに来て一週間。

三人の男子に告白された。


皆、話したことない人ばかり。


「ごめんね、昼休みにこんなところに呼び出して」


「あー……いえ」


昼休み、どーせやることないから、それはいいんだけど。



体育館裏の空き地。

飯島先輩って人と二人きりのはずなんだけど、

ギャラリーがすごっ。


この人、気づいてるのかな?
フェンスと倉庫の裏からこの光景を見学してる輩たちに。




「そのセーラー服、目立つよね。
色が白いからそれがすげぇ似合ってるんだけど」

「……はぁ」

私からしたら、ここのグレーの制服の方が夜道でも目立つと思うんだけど。

この人、も他の人も、


「顔とかドストライクでさー、よかったら付き合って欲しいんだけど」




私の顔しか知らないのに。



どうして付き合いたいと思うんだろ?











教室……戻りにくいな。


私が話しやすいタイプではないと皆分かってきてるせいか、前ほど話しかけられないけど。
やっぱり、視線は感じるし。


迷子にならずに教室前にたどり着いた私に、


「ほんとにさー、いつまで前の学校の制服着てるんだよ」

「目立ちたいからじゃない?」

「男ってセーラー服好きやもんね」

背後から敵視剥き出しの言葉を浴びせたのは、恐らく隣のクラスの女子。

……見ない。

そっちは見ない。



教室に入っても下を向いて席に着く。




「緒先さん、記録抜くかもね」

「え、なんの?」


そんな、″放っておいて″オーラ出しまくりの私に、ザ.八方美人は、相変わらずきさくに話し掛けてきて、


「二年生になってから、海也が告白された人数の記録」



返事に困るような事を言うんだ。

しょうがないから、知りたくもないのに、



「……海也くんてモテるの?」



ついこんなことを聞いてしまった。

愚問だよ。


ヤンキーは好き嫌い分かれるところだけど、

彼がいるだけで顔を赤らめる下級生を見てればモテるのは一目瞭然。





「おー、すげーよ。下級生ばっか三人に告白されてる。緒先さん、タイだよ」




きっと、彼女だっているんだろうなって思ってた。














「うちの学校だけじゃなくて、N中とかM中でも海也って有名らしくて、試合とか練習でそっちの女子と会った時は、よく奴の事聞かれるもん、″彼、付き合ってる人いるの?″って」


「……へー……」

そんな海也のことを話す一ノ瀬くんも、かなりモテそうだけど。


「でも、それらしき女は聞いたことない。いつも後輩と自転車で2ケツしてるけど、彼女ではないみたいだし、昔からへんにそういうことは話さない奴だから謎のままなんだよ」



聞いてないことまで話してくれる彼は、海也くんとは昔から仲が良いようだ。


タイプはまるで違うのにね。



「……一ノ瀬くん、部活は何してるの?」


本当はそんなこと、どうでも良かったんだけど。
いつも話しかけてくれるだけでは申し訳ないと思ったから……。

「……え、あ、俺? 俺はサッカー部だよ」

「へー……」


「緒先さんが初めてかも。海也の話してて、俺の部活なんて興味持ってくれたの!」


「……」


恩義のつもりで返した質問に、顔をほころばせる一ノ瀬くん。




「緒先さんとは仲良くなりてーな」



そういうこと、周りに人がいても言うのは言えちゃうのは、


本当はそこまで思ってないからだよ。



























「転校生だ」「噂ほど可愛くないやん」

「あのこ、告白ぜんぶ断ったらしーよ」

「調子にのってるんじゃない?」



転校してきて10日。

10日も経つのに、女子とは相変わらず仲良くできない。

最後の転校だったらしいから、ここでは誰かと仲良くしたかったけど……。
こんな閉鎖的な性格ではかなりハードル高い。


なので、

今日も一人で下校。


寂しくないと言えば嘘になる。



おまけに、ちらちらと雪が降ってきて、身も心もかなり冷え込み始める。




ーーチリリン♪



坂道を滑らないように歩いてた私の後ろから自転車の気配。




「キャァーーーー!どいてどいてーー!」










「どいてどいてーーーー!!!」


悲鳴と、自転車のベルに気付いて振り向くと、



「わっ……!」


物凄いスピードで坂道を下ってくる自転車が……。

二人乗り。

運転してるのは女の子。



「だーっ!!! 生野!!足っ!!足っ!!地に着けろっ!!」


後ろに乗っているのは、



「ダメー届かないっ!!!海也くんっ!!
私と死んでっ!!!」




ーーーヤンキーの海也だった。




「あ、アブなっっ!!」



私の横を通りすぎた自転車は、カーブを曲がりきれずに、車道との境の植木にぶつかって急停止。




「……ってぇ」



二人、見事にスッ転んでいた。



……あーあ……。