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柊茉優という人間を説明するのは、難しいことではない。簡単に、本当に簡単に、たったの一言でまとめてしまえば、彼女はただの臆病者である。


柊茉優の家庭は誰がどう見ても荒れていて、彼女自身の部屋はあっても居場所というものはなかった。彼女の両親は昔からやんちゃばかりをしていて――いわゆる不良グループというやつに属していて――それでいて2人とも、男女それぞれのグループのリーダー格だった。どちらも勉強は得意ではなくて、自分は努力しているつもりだったがそれでも親や教員たちは認めてくれなくて、褒めてもらうこともなく、ただただ「どうして」という疑問や不満に押し潰されてきた。そんな感情を唯一ぶつけることができたのが、不良、非行というものだった。


似たような境遇の人間たちが多く集まるその環境は、彼らにとっては心地の良いものだった。頭の良さが全てだと思っている世の中は不条理だ。結果しか見てくれない。結果までの過程を一度だって評価してくれたことなんてない。こんな世界は不平等だ。できないものはできない、できるようになりたいと頑張ったけれどできなかった、それでいいじゃないか。人にはそれぞれの能力があるんだ。そしてそれはその人に必要だからこそ存在するものであって、その人が何を必要としているかで変わってくるのだから、今ここに生きている全ての人間に同じ能力がある、あるいは必要だと思っていることの方がおかしい。


彼らの不満はとても正常で、けれども一方では異常で、その異常な面が彼らを不良、非行へと導いていった。そんな集まりの中で偶然出会った男女が柊茉優の両親であり、その2人から産まれたのが偶然、柊茉優だった。


彼女が産まれても両親の荒れた心が整備されることはなかった。いつまで経っても捨てられることのないごみも、破れたままのカーテンも、赤ん坊のいる部屋での喫煙も当たり前だったし、お互いに気に入らないことがあると子供の存在も忘れて些細なことでもすぐに喧嘩になった。そんな場面を、柊茉優は何回も、何十回も、何百回も見てきた。一日中、不機嫌なときもあった。そんなときはいつだって、お前がいるからこうなったんだ、と怒りの矛先を自分に向けられてきた。


私を産んだのはお前たちだろう、と言ってやりたいと思った回数は計り知れない。子供は親を選ぶことができない。お前がいるからと言うくらいなら、全ての責任を親の勝手で産んだ子供に押し付けるくらいなら、最初から産むなんていう選択をしなければよかったんだ。望んでいたとしてもそうでなかったとしてもどっちでもいいから、結果的にいらないと思うくらいなら中絶して殺してくれればよかったんだ。命なんて、与えてくれなければよかったんだ。


彼女が両親と違ったのは、そんな感情を勉強へと向けたことだ。おかげで塾へ行かなくても学校の授業は簡単に理解できたし、宿題だってそこまで時間をかけずとも解けた。けれどもその代わりに捨ててきたものもある。


友達というものを、彼女は捨てていた。