「わざわざ聞くなんて意地悪ですね」


このとき、ふうと息をつきながら初めて彼女は僕から目を逸らした。


「言わなくてもわかっているくせに」


「どうだか」


はっきりとはわからないけれど、彼女の呟きがどうしてか的を射ているような気がして、僕は曖昧な返答しかできなかった。僕がまだ気づいていないだけで、どこかで僕自身は知っているのだろう。そんな気がした。


ここで一つ不思議だったのは、僕は僕自身が思っているよりも落ちぶれていなかったということだ。友達を作ったこともなく、無駄に高い自尊心を無駄に誇って生きてきた僕は、周囲の人間が当たり前のようにする言葉のキャッチボールなんてできないと思っていた。けれど今、僕はそれに成功している。それはただ相手が限りなく僕に近い〈僕〉だからなのかもしれないけれど、意外にも普通に、そして円滑に会話ができていた。もしかすると僕は、ただ思い込んでいただけで実際はコミュニケーションが苦手であるというだけだったのかもしれない。


「私が、知っているくらいなんですから」


私が知っているのだから、あなたが知らないわけがない。彼女は確かに、そう言った。


彼女の中には僕に対する何かしらの考えがあるのだろうけれど、僕はそれを理解することができない。〈僕〉の思考なんて僕と同じで読み取ることなんて簡単なことだと思っていたけれど、実はそれは間違いで、意外にも〈僕〉は僕の思考を超越している。私を殺してください、そうすればあなたが死を肯定していると認めてあげます、と言った時点で、そして〈僕〉の中にあるその答えを僕自身が見つけ出せなかった時点で、僕の思考は〈僕〉のそれよりもはるかに劣っている。いや、ある意味では僕の方がより正常に近いのかもしれない。なにせ相手は、私と一緒に復讐してくれという依頼――条件、と表現する方が適切かもしれない――を、「簡単な話です」の一言で片づけてしまうような人間なのだから。


彼女はもう一人の〈僕〉だけれど、僕ではない。そして僕も同じように彼女ではない。だから、彼女の知ることを僕が全て把握しているというわけではないのだ。あくまでも僕たちはお互いに同一人物という名の限りなく近く、けれども別人という名の宇宙の果てのように遠い生命体だ。そしてお互いに、出会うはずのない、あるいは出会ってはならない生命体でもある。


そうは言っても、もう出会ってしまったのだからどうしようもないのだけれど。