「なるほどねぇ…そんな事があったんだぁ。」
青空のもと、屋上でお弁当をひろげながら優衣が言った。
私はパパの転勤と再婚、大賀見との同居、そして昨日あった出来事、全てを優衣に話した。
「ーーーで?なんなのこの状況は?」
優衣はフォークをマイク代わりにし、私に近づける。
「なんなんでしょうね?」
私にもわからないデス…
この状況………。
「うわぁ、ハルのお弁当、美味しそうだね。」
「涼介…ウザイ。」
滝沢くんに背を向け、お弁当を隠しながら食べ始める大賀見。
なぜか、お昼休みに屋上で私たち四人はお弁当を食べる事になった。
食生活が乱れている大賀見に、お弁当を作ったのはいいけど、お揃いのお弁当を教室でひろげるわけにはいかず、どうしようかと悩んでいたところ、滝沢くんがやって来て
「屋上で一緒に食べよう。」
と言い出し、半ば強引に連れてこられた私たち…
四人で輪になって屋上でお昼ご飯だなんて…入学式からじゃ想像もできない光景だよね?
「いいよ。小辺田さんのお弁当を分けてもらうから。」
滝沢くんが私の隣に座って、お弁当箱を覗き込んだ。
か、肩がっ
肩がふれてるんですけどっ///
「ほんと、美味しそう。小辺田さんって料理上手なんだね。」
でたっ!
キラキラスマイルっ///
「ありがと…何か食べる?」
「うんっ、じゃあ…卵焼き。」
「じゃぁ、どうぞ。」
私は滝沢くんにお弁当箱を差し出した。
「……………。」
滝沢くんが無言で、じっとお弁当箱を見つめている。
「え?食べないの?」
「だって…僕、お箸もってないから食べれないよね?」
え??
それって………?
「食べさせて。」
と言って、滝沢くんは天使の微笑みを私に向けてきた。
えっ?いや、待って///
滝沢くんって、もしかして甘えん坊キャラ///?
こ、心の準備がーーーーーっ///
トクンッ、トクンッ、トクンッ…
私は緊張しながらお箸で卵焼きを掴み、滝沢くんの口へと運ぼうとした。
「うわっ⁉︎」
「へ?」
私は卵焼きを掴んだまま固まってしまう。
なぜなら…
大賀見が滝沢くんをガッチリとホールドし、無理矢理に滝沢くんの口へ卵焼きをねじ込んでいたから。
「ふ、ふぁるっ!なにふんだよ!」
ハル、何するんだよと言ってるみたいデス…
「お前の行動、マジでキモいんだよっ!」
「なんだよ。ハルが素直に分けてくれないからだろ。」
「お前、パン持ってきてるじゃねーかっ。それ食えよ。」
「僕は、卵焼き腹だったんだよっ。」
な…なんか……
二人共…子供みたい///
爽やかイケメンで落ち着いた雰囲気の滝沢くん…
本当は、スキンシップが多くて甘え上手。
意地悪なイケメンでクール、そして女嫌いな大賀見…
周りの女の人に問題があって警戒心が強いだけ、甘え下手、でも少し可愛いところもある。
私だけ日本に残ってどうなるかと不安だったけど、優衣や滝沢くん、ついでに大賀見…この人達に囲まれる生活も悪くないな。
「なぁに、笑ってんの?葵。」
優衣が私の頬を軽くつまんできた。
自然と頬が緩んでしまっていたみたい。
「高校生活が楽しくなりそうだなぁと思って。」
「ふふ…私も葵たちがどうなっていくのかが超楽しみぃ。」
「え?どうゆう意味??」
「別にぃ〜。ふふふ…。」
優衣がニヤニヤしながら、私の肩をバシバシと叩いている。
「痛いよぉ。ホント何?全然わからないんだけど。」
キャーキャーと私たちが騒いでいると
「楽しそうにしてるところ残念だけど、もうすぐ予鈴がなるよ。そろそろ教室に戻ろっか。」
滝沢くんが大賀見から無事に逃げ出し、私達の近くにしゃがみながら言った。
「えっ?もうそんな時間?」
私達は急いでお弁当箱を片付けた。
大賀見がドアを開け階段を下りていく、その次に優衣、私…
え?
突然、腕を後ろから引っ張られ、ドアが閉められた。
「へ?ど、どうしたの?滝沢くん。」
滝沢くんが右手でドアを閉め、左手で私の腕を掴んでいる。
「あ…えっと…、昨日はあれからハルに意地悪とかされなかった?」
髪をガシガシとしながら、滝沢くんが少し落ち着かない様子で言った。
あ…またパパと同じ仕草だ。
「ふふ…、大丈夫。大賀見も病み上がりだったし、何もされてないよ。
心配してくれて、ありがとう。」
「そっか、良かった。何かあったら遠慮なく言ってね。」
と言ってから滝沢くんが「番号交換しよ。」とポケットからスマホを取り出す。
私達が番号を交換し終わったと同時に、ドアがバンッと乱暴に開いた。
「きゃっ‼︎」
屋上のドアは外開きだったので、私はドアに吹っ飛ばされて…
ストンッと滝沢くんの腕の中に収まってしまった。
「だ、大丈夫⁈」
「だ、大丈夫っ。ごめんねっ滝沢くんっ///」
慌てて滝沢くんから離れようとしたけど…
「あ、あの…滝沢くん?」
腕が私の腰にまわったままで、身動きができないんですけど///
「何してんだよ、子ブタ。サッサとしねぇと授業に遅れんぞ。」
大賀見がぐいっと私の腕を掴み、滝沢くんから引き離した。
「痛いよっ。ってか大賀見がドアを勢いよく開けるからダメなんでしょっ。」
「はいはい、すみませんでした。涼介、行くぞ。」
大賀見はダルそうに言って、再び階段を下りていく。
う"〜っ、ムカつくっ!
「ごめんねっ、滝沢くん。」
大賀見の後に階段を下りようとしている滝沢くんに謝った。
「どうして?僕は得したと思ってるよ。」
またまた、キラキラスマイルでそんなことサラッと言っちゃって、この人はっ///
「じゃ。午後の授業、頑張ろうね。」
と滝沢くんは軽やかに階段を下りていった。
「なになに?葵ってば二人の王子にモテモテじゃん。」
ニシシッと顔に似合わない笑い方で、優衣が冷やかしてくる。
「なに言ってんの。そんなわけ無いじゃん///」
予鈴がなり、私たちは急いで教室へと向かった。
午後の授業は、古文、世界史と続き眠気との戦いだった。
隣の席の大賀見は堂々とうつ伏せになって寝ている。
ほぼ女子全員の視線を集めながら…
こんな状況でよく眠れるなぁ、なんて思いながら窓からグランドの方を見ると、 どっかのクラスの男子がサッカーをしていた。
女子は自習なのか男子のサッカーを応援しているみたい。
キャーキャーと黄色い声が、あちこちで上がっている。
あ…誰かシュートした。
キャーっ‼︎と大歓声が上がる。
チームメイトに囲まれ、女子にキャーキャー言われてる人気者は誰?
…あ、滝沢くんだ。
さ、さすが爽やかイケメンの滝沢くん。
女子だけでなく男子にも人気があるんだ…
あんな人気者の滝沢くんと番号の交換したんだなぁ…私
料理上手とか言われちゃったしっ///
大賀見さえ邪魔しなければ、もうちょっとで卵焼き食べさせられたのになぁ…
ふと大賀見の方へ視線を戻した。
えっ?
大賀見が机に伏せたまこっちを見ていたので、バチッと視線がぶつかった。
「な、なに?」
「…面白くねぇ。」
「は?何が?」
「別に。」
大賀見は意味不明な言葉を残して、再び眠りに入った。
意味が分からないまま午後の授業が終わり、大賀見は速攻で教室を出て行く。
大賀見が出てすぐに、勢いよく茉莉花ちゃんが教室に入ってきた。
茉莉花ちゃんは、キョロキョロと教室を隅々までチェックし大賀見を探しているみたい。
あ…目が合っちゃった。
まさか、こっちには来ないよね?
私は昔から茉莉花ちゃんの事が苦手で、出来れば顔を合わせたくなかった。
合わせたくないのに、大賀見のせいで茉莉花ちゃんとの接点が出来てしまって…
茉莉花ちゃんが、ニコニコとすれ違う男子に可愛く笑いかけながら、こっちへ向かってくる。
どうやら男子には人気があるみたい。
大賀見と滝沢くんを除いては…。
「葵ちゃん、春斗くん知らない?」
茉莉花ちゃんが、首を可愛く傾げながら聞いてきた。
その笑顔、かなり嘘くさいよ…。
「さっき、帰ったみたいだよ。」
「ふ〜ん、そっか。あのさぁ、葵ちゃん…」
茉莉花ちゃんが、ぐっと私に顔を近づけ
「あんまり調子のってると、痛い目にあっちゃうよ。」
と私の耳元で囁き、もう一度あの嘘くさい笑顔を見せてから教室を出て行った。
調子のってると言われても…
のってるつもり全く無いんだけどなぁ。
「なに?またあの女、なにか言ってきたの?」
優衣が早足で私のそばへ来て顔をしかめている。
「ん〜、大したことじゃないよ。帰ろっか、優衣。」
「本当?何かあったら、すぐに言うんだよぉ。」
「うん、ありがとう。」
この時はまだ、茉莉花ちゃんが私を深く傷つける言葉を言うとは思っていなかった…。
*****
今日からいつもと違う道を帰るため、優衣とはすぐに別れた。
前の家は駅まで優衣と帰れたんだけど、新しい家…つまり大賀見の家は学校から徒歩圏内にあって近い。
しかも、帰り道に公園やスーパーもあって、とても住みやすいところだ。
私は夕飯の材料を買うため、スーパーに行こうと公園の前を通った。
子供たちの元気な声があちこちから聞こえてくる。
「平和だなぁ〜。」
「平和なのは、お前の頭の中だ。」
独り言に返事が返ってきたので、驚いて声がした方を見る。
公園の入口にある大きな木に、やたらとママさん達の視線を集めてる男がもたれていた。
「おせーよ、子ブタっ。」
「へ?なんでアンタがここにいるの?」
先に帰ったはずの大賀見が、なぜか私を待っていた。
「……………。今晩、食いたい物がある///」
なんか間があったような…?
ま、いっか。
「何が食べたいの?」
「…スーパーに行ってから決める。」
は?
食べたい物があるって言っておいて、食べたい物が決まってないって…どういうこと?
謎なヤツだな…。
「んじゃ、買い物に付き合って。」
「仕方ねぇから付き合ってやるよ。」
ママさん達から「行っちゃうの?」みたいな視線を背中に浴びながら、パンパンと軽く制服を叩いて木の屑を落とし、大賀見がこっちに向かって歩いてきた。
私達は2人でスーパーへ向かい買い物を始めたんだけど…
「どこに居ても視線を集める人だなぁ。」
「は?何が。」
「気付いてないの?お店の人の視線がほぼアンタに集まってるよ。」
この時間帯は、お買い物中のママさん、店員さんもバイトの入れ替わり時間で若い女性が多い。
みんな大賀見の事をうっとりとした目で見ていて、なんだか私みたいなのが隣にいて申し訳ない気持ちになる。
「大賀見って、けっこう鈍いんだね。」
「鈍いのはお前だ…バカ。」
「え?いやいや、大賀見でしょ。」
「はぁ…もう、いいよ。ってか、人の視線なんていちいち気にしてられっかよ。面倒くせぇ。」
なんで、私が溜め息をつかれなきゃいけないんだ?
「んで、なに作るんだよ。」
「大賀見が食べたい物があるって言ったんじゃん。」
ああ…と言って口元に手を当て考え出した。
さっきから、なんかヘンなんだよね?
私の事を待ってたみたいだし、食べたい物があるっていいながら何も考えてないみたいだし…。
「それじゃ…ハンバーグ。」
「え?」
「だから、ハンバーグ///」
「大賀見、ハンバーグが好きなの?」
大賀見みたいなクールな人がハンバーグって…
か、可愛い///
ギャップ萌えってヤツ?
「好きで悪いかっ。いいから作れよ///」
照れ隠しなのか私の髪をクシャクシャとする。
「ふふ…了解。ハンバーグね。」
私がレジを済ませ袋を持とうとすると、大賀見が黙ったまま横からスッと袋を取り上げた。
ーーーーーもしかして……
公園で待ってたり、食べたい物があるって言っておいて決まってなかったり、それって荷物を持つためにしてくれた事なの?
「…ありがとう。」
「…なにがだよ。」と言って、大賀見はスタスタと歩いて行ってしまう。
ふふ…
なんだか、初めの印象とだいぶ変わってきたな。
初めは、なんて傲慢で冷たい人なんだと思ったけど、本当は不器用で優しくて…可愛いところもある人なんだね。
◇◇◇◇◇◇◇
「何やってんだよアイツ。おっせぇなぁ。」
俺は茉莉花ってヤツから逃げるように教室を出て、いま帰宅経路にある公園で子ブタを待っていた。
うちの住込み家政婦として働き出した子ブタは、掃除も洗濯も完璧で料理まで美味い。
それに、風呂も安心して入れるし夜もグッスリと眠れるようになった。
なにより、俺に関心がないことが嬉しい
……はずなのに
俺以外の男、涼介に関心を持っているのがなんだか面白くない。
何故なんだ?
アイツが気になって仕方ない。
今日の昼メシの時も、涼介とアイツを見てると、なんだか胸の辺りがザワザワして落ち着かないし
教室からグランドにいる涼介の姿を、嬉しそうに眺めているアイツを見ると、イライラとする。
今だって柄にもなく、こんなところでアイツを待っている。
何をやってるんだ?俺は…
はぁ…と溜め息をつき視線を上げると、アイツの姿が目に入った。
サラサラと綺麗な長い髪を揺らしながら歩く姿に、思わず吸い込まれる。
アイツの周りだけが、なんだかキラキラとして見えた。
俺だけじゃなく、たくさんの男の視線を集めているアイツ。
全く気付いてねぇな…あれは。
今にも声をかけそうな男が、ウジャウジャといるってぇのに…危機感ゼロ。
「平和だなぁ〜。」
アイツがオレンジ色の空を見上げながら、呑気に独り言を言っている。
はぁ…マジで厄介な女。
「平和なのは、お前の頭の中だ。」
この俺が女とスーパーへ行って、荷物を持ってやる日が来るなんて想像もしてなかった…
*****
家に着くと私はすぐに着替えて、夕食の準備にとりかかった。
大賀見は制服のネクタイだけ外して、リビングでテレビを見ながら寛いでいる。
「ねぇ、着替えなきゃ制服がシワになっちゃうよ。」
私は野菜を切っている手を止め、リビングへ行き着替えるように促す。
ソファに寝転がっている大賀見が、相変わらずの綺麗な顔で私を見上げた。
「ん。」
と言って片手を私の方へ差し出した。
「え、なに?」
起こせってこと?
私は差し出されたその手に自分の手を乗せる。
すると、大賀見がニヤリと不敵に笑ったかと思うと力強く手を引かれ、私は大賀見の上に倒れ込んでしまった。
「な、な、何するのよっ///」
慌てて大賀見から離れようとするが、手をガッチリと掴んだまま離してくれない。
大賀見の妖艶な瞳に囚われて、視線を逸らす事すら出来ないでいると
「なぁ…。そんなに言うんだったら、お前が着替えさせたら?」
大賀見が掴んでいる私の手を胸元へ運び、上から自分の手を覆い被せたまま、シャツのボタンを外していく。
「ちょっ、ちょっと!離してよっ///」
大賀見は私の言葉なんて無視して、どんどんボタンを外していく。
シャツの下から綺麗な鎖骨が露わになり、私は大賀見の色香にのみ込まれそうになっていた。
トクンッ、トクンッ、と鼓動が速くなり顔も熱くなっていく。
「…プハッ、めちゃ顔が赤いじゃん。」
「あ、アンタが訳のわからない事するからっ///」
やっと手が解放されてホッとしていると、大賀見は何も無かったかのようにソファを離れた。
「冗談だよ。お前、男に免疫なさすぎ。」
と言って笑いながら階段を上って行く。
私は力が抜けて、ソファにもたれ掛かった。
う"〜…なんなのよ、いったい///
………………………………っ⁈
ひょっとして、からかわれた⁇
「大賀見の馬鹿ヤローっ///」
リビングで思わず叫ぶと、2階から大賀見のケラケラと笑う声が聞こえてきた。
マジなんなのっ⁈
さっきは優しいと思ったのに、今度はからかうような事をしてさっ///
本当っ、大賀見って人間がわからないよっ。
「あれ?無い…。」
今日の私はこの言葉から始まった。
学校へ来て靴箱を開けると、あるはずの物が無くなっていた。
「私のスリッパが無いんですけど…。」
なにコレ?
ベタな嫌がらせ?
これって犯人はやっぱり…
茉莉花ちゃんだよね?
だって…その証拠に少し離れた所から私を見て、何人かの女の子とクスクス笑いあってるんだもん。
前に言ってた「痛い目」ってこの事?
はぁ…分かり易すぎる…。
案外、幼稚な子なんだなぁ。
仕方ない、裸足で教室まで行くか。
私は気にせず、何もなかったかのように裸足で階段を上り教室へ向かう。
「ばぁ〜かっ。」と後ろから聞こえてきたけど面倒なので無視をする。
「おはよう、小辺田さん。」
階段を上りきったところで、今日も爽やかイケメンの滝沢くんに会った。
「あ、おはよう。滝沢くん。」
笑顔で挨拶を返したが、滝沢くんのキラキラスマイルが見る見るうちに険しい顔へと変わっていった。
「どうしたの、それ?」
滝沢くんが私の足元を指差す。
「いや、これは…その…。朝来たら無かった的な感じ?」
「……許せないな。」
真顔の滝沢くんって初めて見た…。
綺麗な人が無表情になると、それだけでけっこう迫力があるもんだな…なんて思っていたら
フワッと急に脚が宙に浮いた。
えっ⁈
「教室まで我慢してね。」
そう言って滝沢くんは、私をお姫様抱っこして教室までの道程を歩き出した。
「えっ⁈た、滝沢くんっ?降ろしてっ、恥ずかしいよ///」
「裸足で歩いてて、押しピンとか踏んじゃったら大変でしよ。」
「いや、でもっ///」
皆んなの視線がっ。
特に女子の視線が超痛いんですけどっ。
私は脚をバタバタさせて抵抗をしてみるが
「大人しくしないと、キスしちゃうよ?」
耳元で甘く囁かれ、予期せぬ言葉に身動きが出来なくなる。
滝沢くんってば、サラッと甘い言葉を囁いちゃうんだもんな///
教室に入ると案の定、悲鳴やら冷やかしの嵐が起こった。
「どうしたの⁈葵っ。」
驚いた優衣が走って私のところまで来てくれる。
滝沢くんが私を席まで運ぶと、やっと解放してくれた。
「僕、来客用スリッパを借りてくるよ。」
「いいよ、いいよ、私が自分で行くから。」
スリッパを借りに行こうと一歩踏み出すと、滝沢くんに進路を遮られた。
「それじゃ僕がここまで運んだ意味がなくなるよ。小辺田さんは座って待ってて。」
そう言って滝沢くんは教室を出て行った。
「どぉゆう事?葵。」
優衣が心配そうに眉を下げ、私の足元を見ている。
「なぜか朝来たら靴箱にスリッパがなかったんだよね…。」
「えっ⁈ 誰よっ、そんな事するの!許せないっ‼︎」
「優衣、落ち着いて。私は大丈夫だから。」
私が興奮する優衣をなだめていると
「なんだそれ?くだらねぇ…。」
後から来た大賀見が乱暴に椅子を引いてドカッと座った。
さっきまで騒がしかった教室が、一気に凍りついたように静かになる。
「なんで大賀見が不機嫌になるのよ。皆んな静まり返っちゃったじゃない。」
「んなもん朝から聞いたら、胸クソ悪りぃに決まってんだろ。クソつまんねぇ事しやがって。」
大賀見はイライラとしながら、机に足を乱暴に乗っけた。
なんで大賀見が怒ってるの?
自分には関係ない事じゃん。
私が嫌がらせをされても、アンタは痛くも痒くもないでしょ?
「お前、なんかあったら我慢するんじゃねぇぞ。すぐに言えよ。」
照れたように視線を少しずらし大賀見が言った。
え?なに?なんか大賀見が優しい??
「あ、ありがとう…。」
予想外の言葉に少し焦る。
もしかして、心配してくれてるのかな?
なんか…けっこう嬉しいぞ///
そう思うと、なんだか顔が熱くなってくる。
しばらくすると、廊下から黄色い声が聞こえてきた。
きっと滝沢くんが帰ってきたんだ。
「小辺田さん、スリッパ借りてきたよ。」
キラキラスマイルの滝沢くんの登場で、教室内が再び黄色い声で包まれる。
「あれ?小辺田さん、少し顔が赤い?」
そう言いながら、滝沢くんが私の顔をそっと覗き込んだ。
だからっ、ち、近いって///
更に顔が熱くなっていくのがわかる。
「あれ?もっと赤くなっちゃったね。小辺田さんって可愛い。」
滝沢くんはキラキラスマイルで私の頭をポンポンとした。
お願いしますっ、誰かこの人のスキンシップを止めて下さい///
教室内は黄色い声からギャーという悲鳴にかわる。
「あの女、マジでムカつく…。」
私に向けられた悪意の言葉が悲鳴によって掻き消され、誰も気づく事が出来なかった。
*****
「ねぇねぇ、滝沢くんとは付き合ってるの?」
同じクラスの女子2人が話しかけてきた。
優衣以外の女子と話をするのが初めてで少し緊張する。
「ないない、そんな恐れ多いよっ///」
私は顔の前で手を思いっきりブンブンと振り答えた。
「あははっ、そんな全力で否定しなくても。意外と面白い人なんだね、小辺田さんって。」
「見た目はクールビューティだけど、けっこう天然なんだよぉ、葵って。」
優衣が後ろを向いて座り直し、私の頭をポンポンとする。
「な、なに言ってんの?優衣?私がクールビューティなわけないじゃん///。」
私は必死で訂正をした。
だって、私がクールビューティだったら今までに彼氏できてるはずだもん。
クールビューティじゃない証拠に、私生まれてからずっと彼氏いませんから。
「小辺田さんは、クールビューティだよっ。私なんか憧れさえ持ってるよ///。」
「私もー。滝沢くんと並んでるの見て素敵だなぁって///。」
いやいやいや…///
滝沢くんに失礼だよ。
「私は、意外と葵って…大賀見と並ぶとしっくりくると思ってるんだよねぇ。」
今は誰もいない大賀見の席を見ながら優衣が言った。
「じょっ、冗談やめてよぉ…優衣ぃ。」
私が机に突っ伏しながら言うと
「なに言ってんだ?こっちのセリフだろ。」
大賀見がいつの間にか席に戻って来ていた。
「きゃっ、大賀見くん///。」と女子2人が顔を赤らめている。
やっぱモテるんだね、この人…。
まぁ、見た目はイケメンだけどね。
しかも、超の付くイケメン…。
「どうもスミマセンね。」
私は大賀見の方を向いて、ベーと舌を出す。
「………ガキ///。」
大賀見は、ひと言だけ言って机に突っ伏し寝始めた。
ガキって…ほんとムカつく奴だなぁ。
「なんかさぁ、大賀見くんって前より威圧感がなくなったよね?近づき安くなったというか…。」
赤くなってる2人が、大賀見の眠りを妨げないように小さな声で話す。
確かに…最近は話しやすくなったような気がするなぁ。
この前、ハンバーグを作った時も、美味しいって言ってくれたし、片付けも手伝ってくれたり…
意外といい奴なんだよね。
隣でスヤスヤと寝ている大賀見を見ていたらチャイムが鳴り、「お前ら早く席につけよー。」と言いながら小林クンが教室へ入ってきた。
小林クンは教壇に立ち、黒板に何か書き終わるとチョークを置き、私達の方を向く。
「今日はオリエンテーションの班決めをする。男女2名ずつでサッサと班を作れー。以上。」
それだけ言うと小林クンは、教壇の脇にある椅子にドカッと座り、グランドをボーと見ている。
ひょっとして面倒くさがってませんか?小林先生…?
「葵、一緒の班になろぉ。」
前の席の優衣がニコニコと笑顔で振り向き言った。
「もちろんっ。」
私は食い気味なくらいの早さで返事をする。
あとは男子2人かぁ…
ん?
周りの男子がソワソワしながら、こっちを見ている事に気付く。
そっか…みんな優衣と同じ班になりたいんだ。
優衣はその視線なんて全く無視して
「大賀見、一緒の班になろぉ。」
ビックリな発言をした。
「えっ?えっ?優衣??」
優衣が私の耳元に手を当て「だってぇ、他の男子より面倒くさくなさそうじゃん。」と小声で話す。
そりゃ、そうかも知れないけど…
チラッと大賀見の方を見てみる。
大賀見の切れ長の目と視線があった。
「別にいいけど。」
大賀見が視線を合わせたまま、怠そうに答えた。
その怠そうにしている大賀見の肩に、誰かの腕がまわる。
「はい、はい、はぁいっ。俺っちも同じ班に入るぅー。」
茶髪にピアスに指輪、くっきり二重で長い睫毛、スラッと体型。
いかにも女癖の悪そうなチャラ男が、大賀見に絡んでいる。
「馴れなれしいっ。誰だよっ。」
大賀見が超不機嫌モードで、思いっきり肩に回された腕を振り払う。
「冷たいなぁ大賀見くんはー。クラスメイトじゃん、覚えててよー。」
ニコニコ笑いながらチャラ男が大賀見の顔を覗き込んだ。
「ウザいっ‼︎」
力一杯、チャラ男の顔面を手で押しのける大賀見。
「葵ちゃーん、大賀見くんが冷たーい。」
チャラ男が今度は私の肩に腕を回して、抱きついてきた。
「ちょっと!葵から離れてよっ‼︎」
優衣がチャラ男を引き離そうとするが、力の差があり過ぎてなかなか離れない。
私もぎゅーと力を入れてチャラ男の体を押すがビクともしない。
どうしたものかと考えていたら、フッと絡まっていた腕が離れた。
「…大賀見?」
不機嫌な顔のままの大賀見が、無言でチャラ男の腕を外してくれた。
「ゴメンねー、葵ちゃん。調子に乗りすぎちゃった。
俺、白咲 翔(しろさき しょう)。ヨロシクねっ。」
ウィンクをしながらペロッと舌を出し可愛く謝った。
それを見ていた女子がキャ〜と黄色い声をあげる。
へぇ、白咲くんも人気あるんだ…?
結局、大賀見と白咲くんというイケメンに代わって、私達と同じ班になろうという男子がいなくて、この4人で決定した。
優衣も大賀見も納得がいかないみたいだったけどね…。
*****
私…小辺田 葵はただいま人生の中で一番、人の熱い視線を感じています。
女子中高生、OLにママさん…オバちゃんまでこっちを見てる。
「わ、私…ひとりで買ってくるよ。二人は先に家に帰ってて。」
私がいつものスーパーに一人で入って行こうとすると
「は?何しにここまで来たかわかんねぇじゃん。」
「そうだよ。僕達は荷物持ちなんだから、遠慮しないで。」
大賀見と滝沢くんが、私の後についてスーパーに入ってくる。
いやいや、だからーー
君たちが目立ち過ぎるから、一人で行きたいんだってぇーー。
私が学校帰りにスーパーで買い物をしようと公園の前を通ると、なぜか大賀見と滝沢くんが前と同じようにママさん達の熱い視線を集めながら待っていた。
なぜ?
と疑問に思いながら今に至るわけで…
私がカートを押しながら食材を選んでいると
「ーーで、今晩のおかずは何?」
滝沢くんが私の肩越しに品物を見てくる。
相変わらず…ち、近いよ///
「涼介には関係ねぇだろ。」
大賀見が滝沢くんに、後ろからガッと腕をまわし引きずって行った。
じゃれ合っているイケメン二人の姿を見て、店内は色めき立っている。
なんだかんだと仲が良いんだよね、あの二人。
今日の食材のレジを済ませると、二人が荷物を持ってくれた。
女子の熱い視線を背中に感じながら、スーパーを出ると
♪♪♪♪〜
私の鞄の中からLIMEの着信音がなる。
この音はパパだっ‼︎
私は立ち止まり、急いで鞄からスマホを取り出し確認をした。
大賀見と滝沢くんは私が立ち止まった事に気づかず、先を歩いて行ってしまう。
まぁ、ちょっとくらい遅れて歩いててもいいよね?
LIMEを見る間だけだし…。
今みたいにパパから毎日のようにLIMEが送られてくる。
私の事を気にかけてくれて嬉しいと思う反面、早く美咲さんとのとこを認めてあげなくちゃとも思う。
美咲さんとの結婚を認めるということは、私が一人で生きていく覚悟を決めるということ…
まだ…無理だ。
パパを失うという覚悟…今の私にはまだ出来ない。
スマホを見つめたまま、考え事をしていると
「かーのじょっ。なーにしてるの?」
知らない金髪とロン毛の男の人が、声を掛けてきた。
誰?
この制服…近くの男子校の人かな?
「何もしてません。じゃ…。」
そうひと言だけ言って、立ち去ろうとしたら
「チョイチョイ待ってよー。冷たいなー。」
金髪の男の人に力強く腕を掴まれて引き止められた。
「痛っ。ちょっと、離してよっ!」
金髪男の手を振り払おうとしたがビクともしない。
「俺らと一緒に遊んでくれるんだったら、離してあーげーる。」
「はぁ?遊ぶわけないでしょっ!離してっ!」
「いいねー。俺、気の強い女って大好物っ。」
「俺もー。」
「離してってばっ!」
私は拘束されている手を、なんとか外そうと必死になるが外れない
ーーーーーはずなのに
気がつけば私の腕を掴んでいた金髪男は、道路に尻もちをついていた。
「お前ら、誰に声かけてんの?」
頭上から聞こえてくる低い声…
私はその声の持ち主に肩をぐっと引き寄せられた。
「お、大賀見///??」
大賀見の意外に逞ましい腕や胸にドキッとなる。
「いってぇなっっ!何すんだよっ‼︎」
どうやら大賀見が金髪男を押し退けて、尻もちをつかせたみたいだ。
「あ?何か文句あんの?」
大賀見は金髪とロン毛の男を冷たい目で見下している。
金髪が勢いよく立ち上がり、拳を握って大賀見に振りかざしてきた。
殴られるっ!
「やめろっ!ヤバイって!」
ロン毛の男が危機一髪で金髪を止めた。
大賀見は、じっと金髪を睨んだまま微動だしない。
「止めんなよっ!」
金髪はロン毛を振り払おうとしたが、必死に押さえつけられていて動けない。
「そうそう、金髪くんを止めて正解だよ。ハルは怒ると手がつけれないからね。」
滝沢くんがニッコリと笑顔で、ロン毛の肩をポンポンと叩く。
「そうだよっ、やべーよ。コイツ大賀見だよっ!」
ロン毛が金髪に言うと、金髪の顔色が明らかに悪くなり、二人は走ってどこかへ行ってしまった。
なに?大賀見って有名人なの?
「…なに絡まれてるんだよ、お前。面倒くせーな。」
大賀見はパッと私の肩から手を離し、荷物を持って歩き出した。
「助けてくれて…ありがとう。」
私の声が聞こえてるはずなのに、無視してスタスタと早足で歩いて行ってしまう。
「あれって、ハルは照れてるだけだから気にしないでいいよ。」
滝沢くんが私の耳に手を当てコソッと教えてくれた。
そっか…照れてるんだ///
ふふ…ホント素直じゃないな、大賀見は。
この日は、また新しい大賀見の一面を知った。
*****
私は家に帰るとすぐに仕事に取り掛かる。
「あれ?」
ダイニングテーブルの上にメモがある事に気付いた。
< 葵ちゃんへ
今日も帰れそうにないので、晩ご飯は用意しなくていいよ。>
おじ様、今日も帰ってこれないのか…。
晩ご飯の材料が余っちゃうな…。
「どうしたの?小辺田さん。」
ダイニングテーブルの前で動きを止めている私を不思議に思い、滝沢くんが声をかけてくれた。
「うーん、おじ様が今日も帰って来れないから、晩ご飯の材料が余っちゃうんだよね…。」
「ほんと?ハルー、僕も晩ご飯を食べてもいいかなぁ?」
滝沢くんが、リビングに寝転んでいる大賀見に向かって大きな声で聞く。
「…勝手にしろ。」
「やった。じゃあ、よろしくね。小辺田さん。」
滝沢くんは嬉しそうにニッコリと笑ってから、大賀見のいるリビングへと行ってしまった。
うそっ⁈
滝沢くんに私の作った料理を食べてもらうの⁇
緊張するんですけどーーっ///
ーーーーーーーーーー
「ん〜美味しいっ!小辺田さんって本当っ料理上手だね。」
滝沢くんが、ローストビーフを美味しそうに頬張りながら言った。
「あ、ありがとう///」
バンッ!
な、なにっ⁈
大賀見が突然、テーブルを乱暴に叩いた。
「黙って食えよ、涼介。」
なぜか不機嫌そうに黙々と食べ進める大賀見。
いつもは、もっと美味しそうに食べてくれるのにな…
今日の大賀見はなんか…ヘンだ。
どうしちゃったんだろ?
「くっくっ…ハルってば、わかりやすいね。」
わかりやすい?何が?
「何がだよ、バカ。」
大賀見は意味がわからないという顔で、滝沢くんを一度見て再び箸を口へと運ぶ。
怒ってると思ったけど怒ってないの⁇
私には大賀見の考えてること、よくわからないんですけど?
「ハルって子供だよね、気付くの遅すぎ。まぁ、僕には好都合だけどね。」
また謎な事をいう滝沢くん。
この大きく生意気な大賀見が子供?
全く意味がわからないですが…
疑問が解決しないまま、食事が終わりキッチンで洗い物をしていると、滝沢くんが手伝ってくれた。
「ありがとう滝沢くん、助かるよ。」
「ご馳走してもらったからね、これくらいはね。」
いつものキラキラスマイルで答える。
本当、滝沢くんってば王子様みたいな人だなぁ。
爽やかで、優しくて、笑顔が素敵で///
「あっ、ちょっと待って。」
隣で食器を拭いてくれていた滝沢くんが、なぜか私の後ろに移動した。
「シャツの袖が濡れそうだよ。」
私を後ろから包み込むようにして腕を伸ばし、袖をゆっくりと捲くってくれる。
「あ、ありがとう///」
ち、近い///
「どういたしまして。……小辺田さんってさ…」
「え?」
滝沢くんの両手が、いつの間にか私のお腹の前辺りに回され、気がつけばそっと優しく抱きしめられていた。
私の顔のすぐ横に滝沢くんの顔がある。
少しでも顔を動かせば、唇が当たってしまいそうだ。
「綺麗な髪だし、なんか良い香りがするね。」
「えっ、あ、あのっ///た、滝沢くん⁇」
耳元で甘く囁かれ、あたふたするしかない私…。
免疫…なさすぎ。
どうしたらいいのか分からず、私が固まっていると
「涼介、仕事の邪魔すんな。」
大賀見がスッと現れて、滝沢くんを私から離してくれた。
「あ〜あ…、ハルの方が邪魔なんだけど。仕方ない、僕そろそろ帰るよ。」
「またね。」と滝沢くんは、私の頭をポンポンとしてから帰っていった。
な、な、なにーーっ⁈
今のっっっ⁈⁈
私がパニックで固まったままいると
「馬鹿か?お前は…。」
不機嫌な顔をしながら腕を組み、調理台にもたれる大賀見。
「私のどこが馬鹿なのよっ。」
本当にコイツってば、憎たらしい事ばかり言ってくるな。
今日は変な人から助けてくれて、すごく嬉しかったのに…。
「馬鹿でしかないだろ。」
なんでそんなこと言うのよ。
なんだか悲しくなってきて、じっと私が俯いたままでいると、いつの間にか私は調理台と大賀見に挟まれている状態になっていた。
私を囲う広い肩幅や逞しい腕にドキッとなる。
「お前は無防備すぎんだよっ。隙だらけもいいとこだっ。」
「なっ⁈私のどこが隙だらけなのよっ。」
思わず顔を上げると、すぐ目の前に大賀見の綺麗な顔があった。
「//////⁈」
な、なによっ。めちゃ顔が近いじゃんっ///
そう思った瞬間………
私の唇は何か柔らかいもので塞がれていた。
……え?
……なに?
「…やっぱ、隙だらけじゃん。」
「な、な、なっ///⁈⁈⁈」
うそっ⁈⁈⁈
い、い、いまっ⁈
キ、キ、キ、キスしたーーーー⁇⁇
「俺、お前の言う通りオオカミだから。気をつけろよ。」
ペロッと大賀見は自分の唇を舐めて意地悪そうな顔をし、自分の部屋へと帰って行った。
トクンッ、トクンッ、トクンッ……
な、何がオオカミよっ///
入学式の日の事、根に持ってんじゃないわよっ。
トクンッ、トクンッ、トクンッ……
なんで、こんなに心臓がドキドキするの?
いきなり、キスされたから?
アイツの事…好きじゃないのにっ。
なんで?
ムカつくアイツにキスされたのに
嫌じゃなかったんだろ…………。
◇◇◇◇◇◇◇
パタン…
俺は平静を装い部屋に帰ってきた。
ドアを閉めその場に座り込む。
「なにやってんだ?俺…///」
完全にヤキモチじゃねーか///
涼介のヤツが子ブタに触れたりするから…イライラして…
昼間だって、あんな変な輩に絡まれやがって…
はぁ……なんで子ブタの事になると、こんなイライラするんだ?
他の男に触れさせたくないって思ったら、無意識のうちに子ブタにキスしてた。
これじゃ、まるで俺が…………
ーーー好きみたいじゃねぇか?
*****
コンコン、パカ、ジュー……
私は眠れないまま朝を迎え、大賀見…いや、オオカミの朝食とお弁当を準備している。
「はぁ….、なんであんな事したんだろ?大賀見のヤツ」
ため息を吐きながらフライパンに蓋をする。
そういえば、昨日、変な人に絡まれてから機嫌が悪かったような…
あの時に迷惑をかけてしまったから怒ってんの?
滝沢くんとご飯を食べる事になってからも機嫌が悪かったよね?
う 〜ん…
あっ、そうか!
それで憂さ晴らしに私をからかって遊んだのねっ。
………………………………。
はぁ…
ファーストキス…………だったのに
初めては好きな人とって思ってたのに…
…………………………………………。
「なに、一人で百面相してんだ?」
「う、うわぁーーっ!」
知らないうちに大賀見が真後ろに立っていて、私の肩に顎を乗せフライパンを覗き込んでいた。
「朝から、うるせぇな奴だなぁ。そんなビックリすることじゃねーだろ。」
「ビ、ビ、ビックリするわよっ///急に現れないでよねっ!」
ダ、ダメだっ!
昨日の事を思い出したら平常心ではいられないっ///
「は?…アホらし。」
「き、昨日の事だってっ、私は許してないからねっ‼︎」
「昨日のことって?」
大賀見はクルッと私を180度回転させ、両肩に腕を置き私の後頭部辺りで手を組んだ。
「なに?言ってみろよ。」
ニッコリと微笑む大賀見…
相変わらずのイケメン///
大賀見の唇に自然と視線がいってしまう私///
「キ…キ…キ…///って言うわけないでしょっ‼︎バカッ‼︎」
「プププ……お前、オモシロすぎっ。」
大賀見は「あー腹いてぇ」とお腹を押さえ、爆笑しながらキッチンを出て行った。
ま、またっ!からかわれた⁈
なんで、あんなに普通でいられるの?
大賀見にとってはどうでもいい事だったの?
プス…プス…プス…
ん?なんの音?
なんか…焦げ臭い⁇
「あーーっっ‼︎目玉焼きがーーっっ‼︎」
慌てて火を消しアタフタとしていると、リビングからは普段の大賀見からは想像出来ないほどの、大きな笑い声が聞こえてきた。
ま、またっ、笑われたーーーーっ‼︎
二人で朝食をとったあと、私はキッチンの片付けを終え、身支度を整えてから家を出る。
大賀見とは、もちろん別々に家を出る。
だって、同居の事がバレたら、学校の女子全員を敵に回すと言っても過言ではないからね。
いつものスーパーを過ぎ、公園の前を通って学校へと着いた。
今朝はドキドキしながら、そっと靴箱を開ける。
買ったばかりなんだから、もうやめて下さいよ…。
「………あった。」
私はホッと胸を撫で下ろす。
よかった…今日はちゃんとスリッパが靴箱にあった。
さすがに幼稚な茉莉花ちゃんも、同じ手は使わないか。
私は無事だった新しいスリッパに履き替えて教室に向かう。
「おっはよー、葵ちゃーん。」
急に後ろから誰かに抱きつかれ、私は咄嗟に鞄で叩いた。
「いったー。葵ちゃんヒドイよー。」
鞄が当たった脇腹を摩っているこの人は…え〜と…誰だっけ?
「あーっ、俺の名前わすれてるでしょー。白咲 翔だよぉ。」
マジ忘れてた…。
「おはよう、白咲くん。」
「翔って呼んでね。葵ちゃん。」
「え…と、呼ばない…かな?」
正直、白咲くんは軽い感じだから苦手なんだよね。
「そぉよっ!呼ばないし、葵の事も名前で呼ばないでよねっ。」
優衣が教室から出てきて、私をぎゅっと抱きしめながら言った。
「えーっ、優衣ちゃんヒドイー。俺に冷たくなーい?」
「うるせぇ…。入り口でゴチャゴチャすんな。邪魔なんだよ。」
あ、大賀見…
優衣が言ったのかと思って一瞬ビックリしちゃったよ。
「あっ、春斗くーん。おはよー。」
ピョンッとニコニコとご機嫌な様子で、大賀見の肩に手を乗せる白咲くん。
大賀見のこと…春斗くんって名前で呼ぶなんて、怖いもの知らずだなぁ。
バシッ‼︎
ほら、やっぱり大賀見に叩かれちゃったよ。
「お前、マジ、うぜぇ。」
大賀見は白咲くんを振り払ってから自分の席に座るが、その後を白咲くんが懲りずにトコトコと付いて行き、そこでまたバトルが繰り広げられる。
「あはは…白咲くんって、面白い人だったんだね。」
教室のドア付近で優衣とその光景を見て笑っていると
「二人とも楽しそうだね。」
今日もキラキラスマイルの王子様が、黄色い声と共にやって来た。
「おはよぉ、滝沢くん。」
優衣が笑顔で答えると、それを見ていた滝沢くん以外の男子がメロメロになっている。
「お、おはようっ!滝沢くんっ!」
私も挨拶をしたが、昨日キッチンであった事を思い出してしまい、思わず声が裏返った。
「おはよ、小辺田さん。」
クスクスと笑いながら挨拶をされた。
恥ずかしい…///
仕方ないよねっ。
こんな王子様の様な人に、後ろからぎゅっと抱きしめられたら、誰だっておかしくなっちゃうよねっ///
「ところで、ハルに懐いてる彼は何?」
「あぁ、あれは白咲くんっていって、今度のオリエンテーションで同じ班になったんだぁ。」
優衣が胸の前で腕を組み、白咲くんを残念そうな顔で見ながら答えた。
「へぇ…。彼、さっき小辺田さんに抱きついてなかった?」
た、滝沢くんの目が冷たく見えるのは私だけでしょうか⁇
「あれはっ、抱きつくというか…じゃれてるというか…。」
なんだろ?
白咲くんは、よく触れてくるけど…
好意を持たれてるって感覚ではないんだよね?
私を恋愛対象として見てないというか…
何かよくわからないけど、そんな感じがするんだよね。
「気安く触らないで欲しいよね…。」
「え?」
「ううん、なんでもないよ。僕もハルに挨拶して来ようかな。」
そう言って滝沢くんは、大賀見と白咲くんのバトルの場へ入っていった。
*****
その日は何事もなく放課後を迎え、私は中庭の掃除当番で掃き掃除をしていた。
優衣と大賀見も同じ中庭の掃除当番で、少し離れたところにいる。
優衣は上級生のたくさんの男子達に囲まれながら掃除をしていた。
大賀見はというと、近づくなオーラを出しながらベンチに座りさぼっている。
ベンチの周りには、たくさんの女子が集まりドーナツ化現象が起きていた。
あの二人って本当にモテるな…。
障害物がなく身軽な私は、サッサとゴミを掃いて仕事に励む。
ひと通り掃き掃除が終わって、私がゴミを袋へ入れていると
バシャッ‼︎
急に空から雨が降ってきた。
しかも、かなりの集中豪雨…
私だけが…びしょ濡れで………。
私が居るところは運悪くちょうどトイレの真下。
マジか………これも嫌がらせだよね?
さすがにこれは凹むよね。
トイレのバケツに水かぁ………。
イメージ的になんかね。
イヤだよね。
ずぶ濡れになったまま、そんな事を考えていると
「葵っ、大丈夫⁈」
優衣が上級生男子を掻き分けながら、走って来てくれた。
「…うん、大丈夫。ただの水だし。」
「バカッ。水とかそうゆう問題じゃないでしょ。この前から何なの?スリッパの次は水⁈」
優衣が上にあるトイレの辺りを見上げながら言った。
これも茉莉花ちゃんがやったのかな?
さすがに…そろそろ止めて欲しいんだけど。
抗議をしに行くにしても、証拠がないから何も出来ないしな…
とりあえず、風邪をひくといけないから、ブレザーだけでも脱いでおこう。
私はぐっしょりと濡れたブレザーを脱いで絞る。
明日には乾くようにしとかなきゃ。
「ヒュー、ヒュー。」
「うわっ、サイコーの景色。」
優衣の周りにいた上級生男子が、なにやら騒いでいる。
何がいい景色なの?
ここ普通の中庭だよ?
「ピンクだぁ。俺好み///」
ピンク???
……………………え…………っ⁈
私…下着が透けてるっ///⁈
そう思った瞬間ーーーーー
バサッ………
私の肩に大きなブレザーが掛けられた。
「それ、着とけよ。馬鹿。」
「大賀見…///」
大賀見は私の肩を力強く抱き寄せ、騒いでいる上級生男子を睨んでいる。
「お前ら、それ以上なにか言ったら、容赦なくぶっ殺すっ‼︎」
上級生男子は全員、大賀見の迫力に負け黙って固まってしまった。
「行くぞ…子ブタ。」
それだけを言って、大賀見は私を守るように優しく肩を抱きながら家まで連れて帰った。
◇◇◇◇◇◇◇
バシャッ‼︎
気がつけば、アイツがずぶ濡れになっていた。
俺は水がブチまけられた方を見上げる。
女子トイレに誰かいるっ⁈
そこには、バケツを手にしたあの女がいた。
………沢口 茉莉花。
俺と目が合い慌ててその場を去っていく。
ひょっとして、この前のスリッパもあの女か?
俺の所為で子ブタは嫌がらせをされてるってことか?
俺はずぶ濡れになった子ブタに視線を戻した。
っ///⁈
「ヒュー、ヒュー。」
「うわっ、サイコーの景色。」
「ピンクだぁ。俺好み///」
子ブタのシャツが濡れて、ピンクの下着が透けて見えていた。
俺は慌ててブレザーを脱ぎ、子ブタに被せてから肩を抱き寄せる。
子ブタが小刻みに震えてるのがわかった。
俺は野次を飛ばしている奴らを思いっきり睨みつけ
「お前ら、それ以上なにか言ったら、容赦なくぶっ殺すっ‼︎」
そう牽制してから、子ブタの細く頼りない肩を抱き寄せたまま家まで連れて帰った。
ムカつく!
他の男に見られるなんて!
こいつをこんなに怖がらせるなんて…
俺がそばに居たのに守れなかっただなんてっ
自分自身にも腹が立って仕方がない。
家に着くとすぐに脱衣所へ行き、バスタオルをとってくる。
「大丈夫か?」
俺はボーと突っ立ったままの子ブタの頭にバスタオルを掛け、濡れた髪を出来るだけ優しく拭いた。
「…ありがとう。」
笑いながら返事をした子ブタ。
普通なら泣いてもおかしくないのに、なに無理に笑ってんだ?
まだ震えてるくせに。
「なに笑ってんだよ、無理すんな。」
「別に…無理なんてしてないよ。」
まだ笑いながら答える子ブタ。
強情っぱりなヤツ…。
俺は子ブタをソファに座らせ、少し冷たくなった頬に手を当てた。
なんで、こいつは無理に笑うんだ?
俺の前ではそんな作り笑いなんて見せんな。
もっと、俺に頼れよ。
俺はお前を守りたいんだ……。
子ブタの柔らかな頬を少し力を入れ引っ張る。
「いひゃいっ。」
「痛かったら泣けよ、馬鹿。」
俺はもう少しだけ力を入れ、再度、頬を引っ張った。
子ブタの瞳に涙が溢れ頬を伝う。
俺は手を放し、少し赤くなった頬を優しく撫でた。
「痛いって言ってるのに…ヒック…」
子ブタはそう言って、ボロボロと大粒の涙を落としていく。
やっと、泣いた…
そうやって泣きたい時は、無理せずに泣いてくれよ。
小さな子ブタを壊れないように優しく抱きしめる。
「ごめんな…これからは絶対に、俺がお前を守るから………」