涼しい顔で、皿洗いの手を止めないエリー。
そんな簡単そうに言うけど、絶対簡単だったわけない。

個人情報に厳しいこのご時世。
頼まれた病院の方だって、相応のリスクがあったはず。

不安がる私のために、嘘をついてまで調べてくれたエリー。
申し訳ない気持ちと同時に、確かな安堵が胸に広がる。


とりあえずよかった。
柊介に何かあったわけじゃないんだ・・・。

詳細は分からなくても、それだけで心が軽くなった。




『ありがとう、エリー。』


全ての感謝を込めて発したけど、エリーは此方を見さえもせずに首を振る。


「全然、聞いただけだから。」

『それにしても、どんな嘘ついて頼んでくれたの?そんなこと調べてくれるなんて、よっぽどじゃない?』

「それ聞く?」


目尻に皺を寄せて、照れ笑う。


『どんな嘘ついたら、そんな個人情報を教えて貰えたのか気になるもん。』

「笑うなよ?」


エリーの笑顔は、横顔でも完璧。


「恋人だって言ったんだ。恋人がどこかの病院に搬送されたらしいんだけど、どこか分からない。片っ端から当たってる。
清宮柊介がそこにいるかだけでいいから教えて欲しいって。」

『うん?うん。』



なんだ、割と普通の嘘だな。柊介は一応、まだ私の・・・


「清宮柊介とどんな関係だって怪しまれたからさ。」


キュッと水が締まる音。
朝日の差し込むリビングに、清潔感が溢れてる。




「清宮柊介は、俺の、恋人だって言ったんだ。」



一瞬の、間の後。



「笑うなっつったじゃん!笑」


私は弾けた。
大きな声を出して、それはもうお腹から。


エリーが柊介の恋人。普段から、なぜかピリついた雰囲気を醸し出す妙な二人が恋人だなんて。

ていうか柊介、言われてみるとちょっとそれっぽいかも。中性的なファッションとか、小綺麗な佇まいとか。
やばい、柊介のことそんな目で見たことなかったのに。妙にハマっておもしろい。



そして何よりも。
私のために、そんな決死の嘘をついたエリーが。



「まぁ、俺も今考えるとよく言ったなと思うよ。」



この上なく、愛おしい。






嬉しいし、可笑しいし。
込み上げる擽ったさで、クスクス笑いが止まらない。
そんな私に更に訪れる。


「藤澤、」

『ん?』


呼ばれた名に、顔を上げた瞬間。
軽やかなリップ音が、朝のリビングに響いた。

笑い声を止められた唇は。



「好きだよ。」



不意に受ける愛の言葉に、薔薇色に蒸気する。


こういう何気ない時の“好き”が。

一番温かい意味を持つ。





愛の突風を吹かせておいて、硬直する私を置いてキッチンを出て行く背中。

もっと触れたい。
疼く唇を噛んで追うけど、まだこの手を伸ばせない。



知らなかった感情が止まらない。
柊介にも、眞子にも、これまでの誰にも感じたことのない感覚。

私には、エリーにだけ向ける何かが確かにある。


新たに生まれたものなのか、ずっと身体のどこかにあったものなのか。


私はそれを、見極められないのか、見極めたくないのか。








エリーの入れてくれた、コーヒーのお代わり。柔らかい香りが立ち上がる。

こんなに心落ち着く朝は久しぶり。



またPCを開くエリーの隣。ソファに凭れて、ソッと目を閉じた。

華奢な長い指が、キーボードを叩き回る音を聞きながら。