サッカークラブのママさんから頂いたという林檎。
ウサギ型に切って出してみたけれど、エリーは頭から齧り付いた。


『あっ。』

「うまっ!」


私の小さな叫びは、感嘆の声に掻き消されて。片耳だけぶら下げた瀕死の林檎ウサギは、あっという間にエリーの口内に消えた。


「林檎美味いな〜。自分じゃ剥けないからさ、どうしようかと思ってた。」


キラキラした目で、次の一つにフォークをひと突き。きっと、それが“一つ”じゃなくて“一匹”になってることなんて、気付いてない。


シャリシャリ、瑞々しいリズミカルと。嬉しそうに目を細めている彼。
なんだか、これはこれですごく良い気がしてしまう。


私も倣って、頭から齧り付いてみた。


『本当だ!この林檎美味しいね。』


口内に溢れる林檎ジュース。
いま二人の唇は、違わず同じ味がする。


エリーがペットボトルのお茶を私のグラスに注ぎ足した。そこで初めて、自分の飲み物がなくなりそうになっていたことに気付いた。



『ありが、』

「あー、うまっ!」


エリーの何気無さに、私の遠慮はまたしても掻き消された。

当たり前のように。
私よりも先に、私に気付いてくれる。


心地、いいなぁ。







柊介も。

果物が好きで。




柊介は、私の甘えや拗ねに気付くのが得意で。
きっと柊介だったら、この林檎ウサギにも「こんな事をする十和子が可愛い」と抱き締めてくれた。

だけど、それは柊介の本心だったのかな。
そうすれば私が喜ぶと思って、演じてたんじゃないのかな。


柊介は本当に、それで良かったのかな。


柊介の空虚を埋められなかったのは、私だ。
私じゃダメだったんだ、柊介は。

だから微妙に生じた歪みを、一人で埋めようとして。




どんな理由があっても、柊介が私以外の人を求めた瞬間があるのは事実。

キツくても、受け止めなきゃいけない。


柊介も、私も。




______________会わなきゃ、柊介に。








「柊介さん、中央病院にはいないって。」

『え?!』


透視?!?!
柊介のこと考えてるってばれた?!?!


「柊介さんの名前でしか調べられなかったから、家族や友達なら分からないけど。
とりあえず、柊介さん自身に何かあったわけじゃなさそうだよ。」



ご馳走さまです、と律儀に手を合わせて。
エリーは空になったガラス皿と二本のフォークを下げる。

軽く腕を捲って、シンクに水が撥ねて。
何事もなかったかのようにシャボンが舞い上がって。

だけど私は、ちっともエリーの言葉についていけない。



ちょっと待って、柊介のこともそうだけど______________



『なんで分かったの?!』

「中央病院に知り合いがいるんだ。入院患者リストで検索してもらったから、間違いないと思う。昨日一日分のカルテも洗ってもらったし。“清宮柊介”の受付はないって。」

『そ、そんな事できるの?!』

「いや、普通は出来ないと思う。適当な嘘ついてやってもらった。」