エリーが視線をそらさないから。
私も逃げる事が出来ない。

エリーが何も言わないから。
私もこみ上げてくる感情を、言葉にする事が出来ない。


黙っているけど、本当は立っていられないくらい鼓動が早い。
どうしていいか分からない。

この感情に相応しい、呼び方が分からない。








携帯が鳴り出した。
直感で柊介だと感じる。さっき、もしもまた着信があったら聞き逃したくないと、マナーモードを解除していた。


「出て。柊介さんかもしれない。」


身体が動かない。動きたくない。


「俺の話はこれで終わりだから。」


エリーは私を視線から外すと、玄関に立ち竦んだままの私の横へやって来てスニーカーを出す。


「送り先、病院でもいいから。まだ中央病院にいるのか確認して。」


解けていた靴紐が、エリーの華奢な手で結ばれていく。

何事もなかったかのように、元通りに。








「電話出て、」

『行かない。』


途切れた着信音が。間髪入れずに再開する。
私を離さない執拗さが、間違いなく柊介だと確信する。


「行かないじゃないよ、さっきあんなに心配しただろ。兎に角、今日は柊介さんに会って、」

『行かない!』






ずっとエリーの温かさは友情だと思ってた。

“優しすぎる”
“甘すぎる”
何度も何度も、思ってた。


どんな時も変わらなかった、あの優しさの全てが。


こんな私への愛情だったというのなら。





『何て言っていいのか分からないけど、』


分からなくても、伝えなきゃいけないこと。


『正直、びっくりしてるけどっ・・・』


だけど、それ以上に広がるこの温もりは。




『すごく、嬉しいの。』








溢れてくる感情の中で、自分の居場所が分からない。
好きだと言われて、頷くことも出来なければ首を振ることも出来ない自分に苛立つ。

がんじがらめになってる。
過去と未来、どちらにも進むのも怖くてただぬるま湯を探して。



だけど、ただ一つ分かること。
私はエリーの愛情を、幸せだと思う。

その先にあるものがまだ見えないけれど。

この人に想ってもらえること。
泣けるほど、幸せだと思う。







『帰りたくない。』


この感情を確かめたい。


『どこにも行きたくない。』


エリーの香りで、体温で、質感で。


『今夜、一緒にいたい。』


この感情の名前を、確かめたい。








鳴り続けていた携帯が、音を止めた。

靴紐を結んでいたエリーが立ち上がる。




何か言って欲しい。

帰らないでいいって、言って欲しい。








溶けた視界の中で、エリーの肩が近づいた。


涙で遠近感を見失ったのかと思ったら、香りと体温が鼻先に溢れた。

抱き締められた、と気づいたら。



エリーの身体以外の何もかもが、遠く滲んで消えていった。








「好きだ。」




鼓膜に届いたのは、6年越しの掠れた告白。


私は世界一、幸せ者だ。