舌上に広がる鉄臭さ。
吸った方がいいのか、このまま含んでおけばいいのか分からない。

深く切れてたらどうしよう。病院に連れて行かなきゃ。
だけど私はお酒を飲んだから運転出来ない。ていうか、エリーの車だからそもそも私が運転って____________




『・・・!』


やっとそこで、我に返った。

咥えていた指先から唇を離す。
頬が燃える。何やってるの、私!!

思考より本能が動いた。
相手が友達だということを、エリーだということを見失った。


『ごめっ・・・ごめんねっ・・・』


恐る恐る見上げるエリー。
その表情は、愕然と動かないままで。

最悪。





黙ったまま、何も言ってくれない。

間が怖い。なんて思われてるのか分からなくて怖い。


『その、つい、______』


どうしよう。この間をどうしよう。

テンパる、って。
多分こういう事を言うんだ。

どうしようどうしよう、汚いって思われたかも。
ていうか普通、他人から舐められたら誰だってそう思うよね。

よりによって、好きでもない私から舐められて。






そして、私は。


『えっと、その、咄嗟にね、』


恐らく、この時一番言ってはいけない言葉を言った。



『“間違えちゃって”。』








シン、と。

空気が冷えた音が聞こえた。



目の前にあったエリーの柔らかい気配が、突如として色を変える。



「・・・“間違えた”って、何?」


低く尖った声。
予想を超えた反応に、言葉が出て来ない。


「何を、間違えた?」


怒っている。エリーは今、怒っている。
だけど、今の何がエリーの逆鱗に触れたのかが分からない。




『・・・。』


冷たい視線に身が竦む。
エリーがこんな瞳で私を見下ろしたことなんて、きっと今まで一度だってない。


『ごめん、ね・・・。』


他の言葉が見当たらなくて、それだけを繰り返した。

静寂には音があるんだと。
思い知らされるような、間が続く。









凍った間を砕いたのは、エリーの掠れた溜息だった。


「送るよ。もう帰った方がいい。」

『えっ、まだだいじょ、』

「酔ってるだろ。もう飲ませられない。」

『じゃあ飲まないか、』

「悪い、今日は帰って。」





とどめの一言だった。
今夜はもう、心が通わないと。十分に痛感させる温度だった。

何かが込み上げて来そうになる。だけどグッと唇を噛んで、玄関に向かうため踵の角度を変えた。