マンションの立体駐車場には、住人の先客がいた。
この人が終わらないと、エリーは車を出せない。
この人が終われば、エリーは車を出せる。
私は柊介に会いに行ける。
車の出庫を知らせるサイレンの音が、頭の中まで鳴り響く。
「ここで待ってて。」
前の車が出て行ってすぐに、自分の番だとエリーが逸る。
離れそうになる手の平に、無意識に力がこもって。
「どうした?」
『エリー、ごめんね?この期に及んで、まだ柊介の所に行こうとしてごめんね。
エリーが今日一日、私にしてくれたことを無駄にするみたいで。私____』
これが私の言いたいことなのかな。
完全にイコールになる気もしない。だけど、何かを今伝えないといけない気がして言葉を振り絞る。
僅かに掴んでいた指先がソッと抜ける。
代わりに、温かく頭のてっぺんに降ってくる。
「何度も謝らなくていい。
俺は、藤澤が良ければそれでいいから。」
コトリ、と。
心が身体の中で倒れた気がした。
エリーが私を置いて歩いて行く。
車庫を開くための暗証番号を入力して、車が降りてくるサイレン音がまた始まる。
柳田さんの言葉が、頭に浮かんだ。
“空気を読みすぎる”
“なんだかんだがんじがらめになってあいつは自分を引っ込める”
エリーのさっきの台詞。
“藤澤が良ければそれでいい”
そう言って、私から離れて。
一人になるこんなエリーの背中を、これまで何度も見て来た気がする。
楽しい気分で注文した食事を、エリーはあとで一人で受け取る。
赤いサイレンが鳴り響く。
私は今、何か重大なことを見間違いそうになっている。
『病院、行かなくていい。』
車庫の扉が開く一寸前、私はエリーの腕を掴んだ。
「は?」
『病院は行かなくていい。もういいから、車を仕舞って。』
「どうした?何言ってる?」
開いた扉から、車がその姿を現わし切る。
あとはロックを解除して、乗り込むだけ。
「・・・藤澤?」
私は馬鹿だ。
何もかもを手に入れることなんて出来ない。
何もかもに手を伸ばせば、きっと何もかもを取り損ねるのに。
この腕を、こんなに取り損ねたくないと思っていたのに。
『柊介と会わなくていい。だから病院には行かなくていいの。』
「急にどうした?」
『____たい。』
欲しい、って。
手を伸ばさなきゃいけないのは、この私だ。
『今日は、エリーと一緒にいたい。』
震える声は、春の夜風に散った。
驚いたように目を見開くエリー。
届いたかな、届かなかったのかな。
私のこの、今日一日の最後の回答。
届かなかったのなら、もう一度言う。
『一緒にいたい。』
何もかも整理出来ていない感情の渦の中で、この気持ちだけははっきり分かる。
届いて欲しい、エリーに。
身勝手に振り回してばかりいる私だけど。
私は今夜、エリーといたい。