その名に身体が固まった時、着信は切れた。
と思ったら、またすぐに震え始める。

まるで話せないこの時間をちっとも許さないかのように。


「藤澤?」


私の様子に気づいたエリーが首を傾げて。私は慌てて携帯をバッグに押し込んだ。
直感で、柊介からの着信を隠したいと思った。


『実家。お母さん。帰ってから掛け直すから大丈夫。』


そうは言いながら、バッグの中でも携帯は震え続ける。押し込み所が悪かったのか、水筒に当たってカタカタと音を立てながら。


「・・・出た方が、」

エリーがそう言いかけた時、やっと震えは止まった。そして間髪入れず、短めのバイブ音。

これは、メールだ。



反射的にバッグから取り出して、画面をタップする。
浮かび上がる短い文章に、血の気が引いた。


“連絡が欲しい。都立病院にいる。柊介”












お店を出て掛け直した時には、電話は繋がらなかった。


柊介からの短いメールを見せると、エリーは直ぐに「帰ろう。」と言って。
頼んだばかりの沢山のメニューをそのままに、お会計のために席を立つ。

都立病院って何?柊介に何かあったの?
まさか事故とかじゃ____


柊介さん本人に何かあったわけじゃない、もしそうだったら自分で連絡は出来ないから。
私を落ち着けようと、そう言うエリーの言葉が遠く聞こえる。




「このまま病院まで送るよ。車を取りに戻る。ここで待ってられる?」


どうしよう。もし柊介に何かあったなら____


「____いや、一旦俺と駐車場まで来て。」


頬に、柔らかい温もり。


「藤澤、落ち着いて。大丈夫だから。」


合った視線に、少しだけ我に返る。頷くと、頷き返してくれる。
怖い。さっきの電話が柊介からのSOSだったなら。なんで私、電話を取らなかったんだろう。





足早に歩き出すエリーに手を引かれる。
夜風に頭が冷えたら、今更焼き鳥屋さんのことを思い出した。


『エリー、注文してたものは・・・』

「持ち帰りにしてもらった。あとで俺が取りに行くから、気にすんな。」

『ごめんね・・・。』

「全然大丈夫だから。そんなの気にしなくていいから。」

『ほんとにごめん・・・。』


エリーは返事の代わりに、繋がる手の平に一層の力を込めてくれた。






やけに信号に引っかかる。さっきはあっという間に感じた、エリー宅とお店までの道のりが遠い。

衝動的に飛び出して来てしまったけれど。エリーに悪いことをしてしまった。
楽しかった気分が一転、エリーを巻き込んじゃった。

柊介。なにがあったの?
私、こんな気持ちになるなんて。結局のところはまだ柊介を?

“こんな気持ち”

そう言い切れるほど私、今心配してるのかな。



信号が青に変わる。
エリーの背中を追う。

急がなきゃ。そう思ってるのに、両足が重い。



私の頭は、一歩ごとにどんどん冷静さを取り戻していた。