エリーがゴム人形を差し出すと。
大人しく隣にしゃがんでいた雄くんは、キラキラした目でエリーを見上げた。
雄「いー?」
エ「いいよ。けど口に入れちゃだめ。」
そうは言いつつ、万が一口に入れてしまったら。そう思ってあんなに入念に拭きあげていたんだと、今頃になって気付く。
小さな手に掴まれて、ネズミは眠たそうに鳴いた。
エ「気持ちがないなら、適当に逃げないでそう伝えるのが誠意だと思う。」
まぁ、それは確かに。
だけど、いつも柔和なイメージのエリーがこんなにバッサリ行くなんて何とも意外で。
エ「あと、藤澤に誤解されるのが嫌だった。」
『ごかい?誤解なんて、別に・・・』
エ「してたじゃん。」
『してないよ?!』
エ「寂しそうに下向いてたじゃん。」
『寂しくなんかないっ!汗』
エ「あっは。笑」
後ろ手をついて、大きな口を開けて笑うエリーに戦意喪失。
なんでこう、この人は。
いつも私の何歩も先を行くんだろう。
エ「うちの近くに、うまい焼き鳥屋があるんだ。終わったら、二人でそこ行こうよ。」
『けど、バーベキューは・・・』
エ「そんなのいつでもできるよ。笑」
私との焼き鳥だって、いつでも行けるよ?
そう返したいのに、欲張りな唇は動かない。
エ「そこの店、レバーがレアで食えるよ。好きだろ?」
たとえ、そこのレバーが私好みのレアじゃなくたって。焼き過ぎのボソボソだったって。
きっと、エリーと行きたいって思った。
『・・・行く。』
エ「よっしゃー。」
なんだろう、今日は。
エリーの笑顔がいちいち眩しくて。
エ「雄、おいで。」
雄くんを見つめる視線も、抱き上げる背中もいちいち胸に沁みて。
感じたことのない自分の反応に、私は上手く対処が出来ない。
「ちゅー!」
エリーの肩越しに、雄くんが溢れそうな笑顔でネズミを差し出す。
お気に入りのこの人形を、雄くんは何度でも私に見せてくれる。
『ありがと。可愛いの持ってるね〜。』
エリーの肩に顎を載せる雄くんに目線を合わせれば、声をあげて笑う。
ふと目が合ったエリーは、夕焼けみたいな穏やかさに満ちた瞳で。
真っ直ぐに、私を見ていて。
強い風が吹いた。
エリーの薄茶色の前髪は、サラリと舞い上がってその下の表情を露わにした。
それは何かが、音を立てて始まっていく予感。
握り締めたネズミは、今更ながらに温かさを放つ。
雄くんの体温か、私の心温か、その主を隠したままに。