八坂さんの分だったというお弁当をつつきながら、私は手元の役員名簿を見ていた。
向かいの八坂さんは、相変わらずカタカタとキーボードを叩き回っている。
『本当によかったんでふか?おべんと。』
「いいって、接待明けで二日酔いなんだよ。つーか食いながら喋るな。」
ふいません、と口を押さえながら謝る。
久々頂くすき焼き弁当は、大口で詰め込まずにはいられないほど美味しかった。
「喋る暇があったら、誤植がないか集中して見てくれ。」
頷いて、視線を名簿に戻す。
13:00から始まるという、役員も交えた海外営業部のランチミーティング。
壊れたExcelファイルに、いつ更新されたきりか分からない役員名簿。
Excelファイルの修理は何とか完了して、あとは名簿に落丁がないかチェックする。
最新の組織図と全役員名、役職なら頭に叩き込んである。これなら、食事片手にでも大丈夫。
八坂さんの話によると、あのエレベーターで下ってくる直前。海営のフロアで、今日の会議資料がことごとく壊れているのに気づいたらしい。
涼しい顔して、あの時相当焦っていたんだとか。
『私、救世主じゃないですか。』
「そうなの?」
わざと驚いて見せた彼の表情に、何だか笑ってしまう。
『八坂さんって分かりにくい人ですね。何考えてるか、全然分かりません。』
「そう?俺からしたら、俺ほど分かりやすい男もいないと思うけど。」
伏せた顔を正面から盗み見る。鼻高いなぁ・・・
「困ってるとか、死ぬほど欲しいとか。俺的には十分出してるつもりなんだけど。」
“死ぬほど欲しい”
妙にはっきり聞こえた気がしたそのフレーズに、慌ててご飯を大きく頬張った。
死ぬ、ほど。
八坂さんのクールな心を、そこまで掻き立てるもの。
「あー・・・終わったー・・・!」
八坂さんが、大きく伸びをして背凭れに倒れた。
『何してたんですか?』
「Access。こっちも何でか壊れてたんだよ。」
『パスワードかけとかなきゃ。
役員の中にはね、PCが苦手な人もいるんですよ。悪気なく壊しちゃうから。』
「だな、思い知ったわ。」
少し休むのかと思えば、彼は直ぐに立ち上がる。
「まだいれる?ここ。」
私のこと?人差し指で自分の顎を指せば、頷かれて。
頷き返すと、彼は首を回しながら会議室を出て行った。
分かんないなぁ、この人のことは相変わらず。
それにしても味の染みたお肉が美味しい。
名簿に目を戻すと、栗田常務の下の名に漢字違いを見つけた。
もぐもぐと口を動かしながら、最終チェックで一つ一つの名前を指で辿っていると。
目の前に、缶コーヒーが降って来た。
顔を上げれば、既にもう一本を煽っている喉ボトケ。
『ありがとう、ございます・・・』
なんだか擽ったい。八坂さんに気遣われるのには、何とも言えない甘美があった。