おっきい荷物載ってたらやだな・・・
そう思いながら、開いた扉に片足を踏み出し________



広い空間にいたただ一人の先陣者と目が合って、私はそのまま足を引き戻した。
ソッとお辞儀をして、右手を差し出す。

どうぞ、私は次ので行くので先にお行きください・・・

心の中で呟き、頭を下げる。一刻も早く扉が閉まることを願う。




「おい、」

聞こえない、私には何も聞こえない。

「待て、乗れよ、」

今日はこれ以上の心労を受けたくない。



「ちょっ、おい!」

下げた頭の向こうで、やっと閉まりかける扉の気配。
早く閉まって、早く________





ガンッ!!!

『ひっ!』

「待てって言ってんだろ。」




なんでこの人とは、会いたくない時に限って会うようにできちゃってるんだろう。

左手に紙袋、右手に山のような資料を抱えて。
唯一空いた肘でエレベーターの扉を止めて、八坂さんは立っていた。




『どうも・・・』

「空いてる?」

『はい?』

「うちの役員の名前全員分かるな?」

『へ?』

「Excelも得意だよな?」

『何のこと言ってるのか全然分かんないんですけど・・・』



恐る恐る、目線をあげれば。
思ったよりもずっと近くに、私を見下ろす顔があった。
相変わらずの彫刻フェイス。唇の質感までも見える距離に、慌てて目線をそらす。


『とりあえず、お忙しいみたいなんで先に行かれたらいかがでしょうか?』

「助けてよ。」







今度は微かに、あの香水の香りを感じた。誘われるように、また目線が上がってしまう。



相変わらず色っぽい、濡れた涙黒子。




「頼む、助けてよ。」


















今半のすき焼き弁当を食わせてやる、と普段なら魅力的な誘い文句より。サディスティックな表情の中、ほんのひとかけら感じた彼の焦りに惹かれた。

連れて行かれた3階の会議室で、彼の開いたPCを覗き込めばものの30秒で事態を把握して。
彼が説明をし終える前に、私はキーボードを叩き始めた。



『ここの関数式が消えてる。もう一度入れますね、セルにロックかけていい?』

「任せるよ。」

『このファイル、まだ誰か触ります?』

「俺だけ。」

『じゃあ編集パスワードもかけておく。』




壊れたExcelシートに一つずつ式を組み込んでいく。
難解なシートだな。いくつものシートが連鎖していて、どこか一つでも落とすと値が狂う。

つかの間没頭して、気づけば彼も向かいの席でもう一台のPCを開いて。私に負けないブラインドタッチで画面を睨んでいた。

私も視線を手元に戻す。

しばらく、会議室にはそれぞれの機械音だけが響いていた。