PDFファイルを開いた瞬間、飛び込んできた文字に素っ頓狂な声が漏れた。


『ぬっ・・・!』


送信者である牧役員を振り返ろうと、勢いよく椅子を回せば彼はもうそこにいて。


『びっ、びっくりしたっ…!汗』

「なかなかいいでしょ、僕の采配。」


御満悦に腕を組んで後ろから画面を覗き込む。


『総監督って何ですか!』

PDFファイルの冒頭、“総監督、藤澤 十和子”の文字を怒りに震える指先で指す。ネイルが画面に当たってカタカタ鳴った。



昼休み間際に届いた、『牧JAPANの皆に告ぐ』という標題のメール。
例のサッカー大会の件に違いない・・・ゲンナリしかけながらも。宛先のTOではなく、CCに入った自分の名に何となく安心して。
開いたそこには、気の遠くなるような長い激アツメッセージと、『選手名簿』という名のPDFファイル。

これまた他人事感覚でポチリとクリックすれば、初っ端から飛び込んできたのは自分の名と仰々しい“役職”。




「あ、そこ?なかなかいいでしょう、某アイドルグループみたいで。
それよりもさ、スタメンと控えの選出具合、選手の配置が絶妙で________」

『いい加減にしてください!総監督って何ですか?!私マネージャーじゃなかったんですか?!』

「まぁまぁ、同じようなものだから。」

『絶対うそ!なんか監督の方が職責が重い気がする!』


怒りのあまり、所々で敬語も吹っ飛ぶ。
だけどそんな私を、相変わらず面白そうに見下ろす元・イケメン。


「不相応だと?」

『そうでしょう!牧さんが監督、私が補佐っていうんならまだしも________』

「じゃあさ、この不相応な任を全うしてくれたら、ご褒美をあげるよ。」


ご、ご褒美??
思わず、次の文句を繰り出そうとしていた唇が立ち止まる。


「そうだなぁ・・・ベスト4にしようか。ベスト4に入賞できたら、藤澤さんにご褒美を用意するよ。」

『だからご褒美って________』



私の問いかけは、鳴り響くお昼のチャイムで掻き消された。更にその音に上塗りする、仕事を手放す人たちの気配で周りが騒めく。

チェシャ猫のような怪しげな微笑みを残して、牧さんはフロアを出て行く皆の背中に消えて行った。










腑に落ちない。なに?ご褒美って。
悶々しながら、ミニバッグからお財布を取り出す。

私が総監督なんてあり得ない。そんなチームがベスト4になんてなり得るわけがない。
大体、ベスト4がどれだけ凄いのかも分からないし。何チーム中の、4位内なわけ?

話が違うよ。マネージャー、肩書きだけのものだと思ってた。

もーやだ・・・



先にランチへ出て行った先輩たちを追う気力もなく、足取り重くエレベーターホールへ向かえば人がごった返すそこにますます嫌悪感が込み上げる。

出遅れた・・・ついてない、今日。涙





業務用エレベーターを使おう。このままここに並んでても、余裕で15分は乗れない。

見上げれば、8階から色を変えて近づいてくる数字。
6階のここに止まってくれるよう、慌てて「↓」のボタンを押した。