視線が繋がる。その柔らかさに、今更な思いが込み上げる。
『私のためにっていうか、私のせいで、』
「それは違う、全部俺のためだよ。」
『いつもそうやって私を優先して、』
「十和、俺はそんなに出来た男じゃない。」
出来た男じゃない?
柊介が出来た男じゃないなら、一体誰が出来た男だって言うの?
確かに浮気はされたけど。それ以外は、何一つ申し分なく完璧で___________
「俺は十和子が思っていたような、完璧な男なんかじゃないんだよ。」
片膝をついて跪く。おかげで、瞳の温度を感じる距離になる。
「嫉妬深いし、短気だ。冷静に見えるのは、常に計算してるから。」
濡れた瞳に、訴えるような口調。
こんなに無防備な柊介は初めてだ。
こんなに自分を露呈しようとする柊介は、初めてだ。
「俺はいつも自分のことしか考えてなかった。」
『そんなことない、私のこと考えてくれて、』
「全部十和子といるためだったんだ。」
暗い部屋で光る柊介の瞳には。
「そうすれば、十和子が離れていかないと思っていたから。
何もかも、十和子を側に置いておくためのエゴだったんだよ。」
今にも破裂しそうな、水膜が浮かんでいた。
「自分でそうしておきながら、抱えきれなくなった。十和子が俺に向けてくれる信頼や期待を、どう処理していけばいいのかが分からなくなったんだ。
だけどどうしても、十和子を離したくない気持ちは変わらなくて。」
『柊介、』
「挙句、君を傷つけた。取り返しのつかないことをした。だけど取り返せないと思いたくないんだ。」
『柊介、もうい、』
「本当に_______申し訳ない事をしたと思ってる。」
深く折れた角度で。これは、項垂れているんじゃなくて頭を下げてるんだって気づいた。
絶対に。絶対に許せないと思ってた。
それがこんな気持ちになるなんて。
『柊介、顔上げて。』
「・・・。」
『ずるいよ、今は話聞かないって言ったじゃない。』
「全然話し足りないよ、俺が隠してきたのはこんなもんじゃない。」
『見せてくれるの?その柊介の隠してきたナンチャラやらを。』
雰囲気を変えたくて、わざと揶揄うように覗き込んだのに。
「見せるよ、君を失うくらないなら。」
沸る瞳にまんまと捕らえられて、危うく頬が火傷するところだった。
確実に色を変えた頬を悟られないように、私は結わいた髪を解いて。
顔を下げたままブランケットへ潜り込んだ。
何かあったら、必ず電話をするようにと。何度も念を押して柊介は部屋を出て行く。
スーツから浮き上がる、背中の形。
携帯を確認する、右下に落とした視線と傾いた横顔の角度。
見慣れた景色も、ブランケットの隙間から盗み見てみると随分色香のあるもので。
振り返らずに出て行った柊介が手放したドアが、静かに締まって。間髪入れずにカギが落ちる音がした瞬間。
身体の深いところで、何かが疼いた。
その犯人を私は知っている。
ため息を吐き捨てて、ベッドサイドのお水に手を伸ばした。
真新しいはずのボトルの蓋は簡単に回って。これを置いた柊介の先まわりに、悔しさなのか焦りなのか、よく分からない靄を冷たい水で流し込んだ。
“相当な策士だね”
眞子の言葉が響いた。本当にそう。
この疼きは、“足りなさ”だ。
柊介の瞳が、声が、指先が。慣れた手つきで私の急所を抑えて帰って行った。
冷えた二の腕を抱き寄せる。
八坂さんが、罠そのものなら。
柊介は、全てを罠に堕とす冷酷な策士。
だけどその冷酷の裏側は激情で。触れてしまうと、戸惑いも躊躇いも、剥き出しの狂気に燃やされてしまう。
燃やされたのか、私。
もしそうなら、それは出会った日?ラブシーンを見せつけられた先週の夜?
初めて弱さを垣間見た、つい先刻?
瞳を閉じる。
叩きつける水音に、揺れる脳裏ごと吸い込まれていく。
大きく深呼吸をしたけれど、もう鼻腔には八坂さんの香りは香らなかった。