誰から聞いたか?それって関係あるの?
さっきまでの柔和な表情と一転、険しく目を細めている柊介に正しい回答が浮かばない。
『えと……』
トイレで聞こえてきたって言うべき?けどトイレって……汗
「廣井さん?」
『え?廣井さん?違うよ!だいいち、廣井さんはもう人事部じゃないし・・・』
「じゃあ誰だよ、人事情報は個人情報だろう。
そんな事を面白おかしく十和に話したのは誰?」
苛立った口調に、思わず息が詰まる。
「・・・ごめん、十和に怒ってるわけじゃないから。」
さっき纏ったばかりのジャケットを、もう一度脱いでソファの背にかける。
柊介は静かに寝室に戻って来ると、横になったままの私にブランケットを掛け直した。
「今更知らなくていいことを耳に入れて、十和を困惑させた奴がいることが許せないだけ。」
『いま、さら・・・?』
「今更だろう、一昨年の事なんて。」
『え?一昨年?』
噛み合わない会話に。
不可思議な表情で、柊介の手が止まる。
「・・・一昨年の事を言ってるんじゃないのか?十和子は何を聞いたの?」
『一昨年って何?私、何も知らない。
ねぇ、一昨年って何があったの?』
苦々しく眉をひそめる。
明らかな“やってしまった感”を漂わせる柊介に、半身を起こして畳み掛ける。
『ねぇ、柊介、』
「分かったから。話すから起き上がるな。」
グッと押された肩で、簡単に枕へ落ちた。だけど柊介から視線を外さない。
「・・・水、飲む?」
『いらない。話して。』
細まった柊介の瞳に、色を探す。
だけどそこにあるのは揺れる水膜で、私はまだ彼の本心を見つけられない。
外の湿度が感じられるほど、漂う空気は重かった。
深い溜息の音が聞こえて、私は続く柊介の言葉を待った。
知らなかった真実を。柊介が、私に隠した真実を。
明かされるのを、ただ待った。
「・・・十和子が、何をどう聞いたのかは知らないけど。」
伏せたままの柊介の瞳は。
それでも何か迷いながら、言葉を選んでいるように見えた。
「俺にドイツ異動の打診があったのは、一昨年の話だよ。」
『打診?打診があったの?!』
「そこで一度断ってる。だから、これから先俺に同じ話が来ることはないと思う。」
『どうして?どうして断ったの?
あれ?待って、なんで柊介がドイツだったの?だって妻帯者じゃないと行けないって_______』
丸くなった柊介の瞳と目が合って。私のパニックはやっと、止まった。
「・・・いろいろ知ってるんだな。笑」
『ごめん・・・』
だけど、これだけは。
『どうして断ったの?あんなに行きたいって、言ってたのに。』