使徒は雨音に隠れて _6
別れたいの、という私の言葉を。
柊介は顔色一つ変えずに受け止めた。
『ただ、その前にちゃんと柊介の話を聞きたいと思ってる。柊介に何があって、何であんなことになっちゃってたのか。ちゃんと聞いて、納得してから別れたいの。
話してくれる?』
「……十和子、」
『待って、今はだめなの。正直、今はまだ混乱してて、ちゃんと柊介に向き合える自信がないんだ。
私も気持ちを整理するから、それまで待ってくれる?』
柊介は、抑えた抑えた_________深い溜息を吐いた。
伏せた長い睫毛。膝に落としていた視線が、ゆっくりと私と絡み合う。
「………分かった。今回の件に関しては、何でも十和子の言う通りにするよ。
ただ、今これだけ言っておきたいのは、」
濡れた瞳が、苦しげに細く締まる。
「今、十和子から別れたいと聞いても、俺の気持ちは変わらないんだ。」
『しゅうす、』
「俺は君を手放せない。
十和子の気持ちが変わらないように、俺も今は気持ちが変わらない。
話を聞いてもらえる時まで待ってるから。」
この人は頑固だ。
負けず嫌いなくせに、そこを見せるのさえも負けず嫌いで嫌がった。
いつも私を上手にコントロールしてる風だったけれど。もしかしたら、それ以上に自分をコントロールしていたのかもしれない。
今目の前にいる、背中を丸めて下を向いてる柊介が、無性に切なくなった。
『……頑固だね。』
「お互い様だろ。」
綺麗な笑い方。柊介の笑顔は子供っぽくて無邪気で。
一文字になる瞳も大きく開いた口も、柊介の大人な雰囲気には全然似合わないのに。
その似合わなさは、こんな時にも私を焦がす。
「少し寝たら?俺ももう戻るから。」
『うん。』
解けた心が。
あと一つだけ、と私を叩く。
「鍵、閉めていくよ。」
『柊介。』
振り返った顔の柔らかさに。勇気を出して、あと一つだけ問いかける。
『もう一つだけ聞いていい?』
「勿論。どうした?」
私はどちらの、答えを期待してるんだろう。
「十和?」
『……ドイツ、』
「え?」
見極められないまま、私は委ねる。
『柊介、ドイツに行くの?』
その瞳は、大きく見開かれた。
“空気が張る” それを、肌で感じた。
雨脚が強くなった気がした。部屋の中まで響くほど、音を立てて、激しく。
返事をしない柊介に、次の言葉をどう続けていいか分からない。
立ち入ったこと聞いちゃったかな。こんな状況で聞くべきじゃなかった?
やっぱりいいやって言おうかな_________
『……やっぱりい、』
「誰から聞いた?」
静まり返った空気の中、自分が唾を飲み込む音さえ聞こえて。
「その話、誰から聞いた?」
柊介の声は、やけに低く響いて。