水曜日の憂鬱 _ 5



もうどれくらい、ああしていたんだろう。
トイレを出れば、始業後の廊下からはすっかり人気が引いていた。


薄暗い、冷たい空気の中を一人で歩く。
重く鳴り響く、「柊介」「ドイツ」「結婚」のワード。
それは偏頭痛になって、一歩身体を動かすごとにひどく痛んだ。


仕事。戻らなきゃ。
もう少しやってから、帰らなきゃ。

分かっているのに、頭が働かない。秘書室に戻ろうとしてるのも意識的にじゃない。
これは、習慣だ。

ただ足元を見ながら身体を引きずっていると、






『……っ!』


壁沿いに角を曲がったところで、思いっきり誰かの胸にバウンドした。


『すいませ、』


反動で真後ろに倒れそうになった肩を、咄嗟に相手が引き止めてくれる。

びっくりした…
顔を上げたところでフリーズする。





八坂蒼甫。

瞬間、シャネルのnoirが香った。




今、会いたくない人トップ3に入るであろうこの人。この人と会った夜から、いろんなことがごちゃごちゃ始まった気がする。

気まずい間。
心なしか彼も、驚いた表情で眉が上がっていた。




『…すいませんでした、ありがとうございました。』


両肩の掌を振り払うように腕を回して、顔を背けたところでまた手首が捕まった。


「おい。」


手首を軸に引き寄せられるような動作に、腰が引ける。


『ちょっと、なにっ…離してくださいっ、』

「お前顔色悪いぞ。」


冷え切った身体に、手首を掴む掌の熱がやけに響く。


『大丈夫ですってばっ…』


確かに血の気が引いた頭は冷たかった。だけどそんなことこの人には関係ない。

それでも尚離さない掌を振り切ろうと、身体を捩れば簡単に身体が傾いた。


「おい…!」


今度は前方に倒れそうになったところを、大きな腕に抱き留められる。