水曜日の憂鬱 _ 4




冷たい水で手でも洗えば気がすっきりするかと、洗面台の水で勢いよく手を流した。

ダルいなぁ。生理前のこの感じ、今回はちょっと重いかも。
早く終わらせて帰りたいけど。今やっと、3分の2ってところだなぁ。


鏡の中の血の気のない顔。チークもハゲて疲れが浮き彫り。
溜息を吐きながら、ポーチからリップを取り出す。
ルージュ・ココ・スティロのメサージュ。
すっかり曰く付きになってしまったけど、やっぱりこの色でテンションが上がることは否めない。

唇に深いレッドが広がれば、自然と口角も上がった。


女子っていいな。香りの良い紅茶や、ちょっとしたコスメで簡単にリセットできるしなやかさを持ってる。

あと、ちょっと。
もう一踏ん張りして、残りも終わらせてしまおう。



…ついでにお手洗いも行っておくか。
ポーチを手に奥の個室に入って、鍵を閉めたところで高らかな声が入ってきた。







「うそうそ、本当にー?!」

「まじだよ、人事部の先輩に聞いたもん。
ドイツには既婚者じゃないと行けないんだって。」

「そーなんだ。やっぱそういうのってあるんだねぇ〜。」

「ドイツって花形じゃん?その上、一度行くと長期戦になるらしくて。
妻帯者に、腰を据えてキッチリやらせたいっていう会社の思惑があるらしい。」




ドイツ。ドイツ支社のこと?
柊介も、いつか行きたいとかそんなこと言ってたっけ。

“十和はドイツに住める?”
腕の中で聞いたあの甘い言葉は、私をトロトロに溶かした。







「それで納得だね、だからこのタイミングで結婚なんだ。」

「清宮さんにドイツ、似合いすぎっしょ。笑」






タイトスカートのホックを外そうとしていた手が固まった。
音を立てて、全身の血が冷えた。



「あーあ、彼女うらやましー。
そんな美人でもなかったよね?一応秘書課らしいけど。なんであの人だったんだろ?」

「さぁ〜?タイミングじゃない?
結婚しないといけなかった時に、そこにいた的な。笑」



言い過ぎ!と若い笑い声が弾けた。
自分の鼓動が頭の中に大きく響く。





ドイツ?柊介が?希望を出してるってこと?

“清宮さんがハリーから出て来るのを見た人がいるって”

結婚?ドイツは妻帯者じゃないと行けないから?

ドイツに行くために、結婚?

だから、たまたまその時付き合ってた私?

だから、私の気持ちは無視してでも。
強引にねじ伏せて結婚______________?








視界が暗転した。引っ張られるように冷たい床に膝をついた。


明るく響く声が出て行っても、私は立ち上がることも出来ずに。
ただ長いこと、そうしていた。