ルージュ・ココ・スティロ _ 11
眞子と別れて乗った山手線で。扉近くに立って流れる夜を見ていた。
iPhoneから流れる歌姫の英語の歌詞に、いつの間にか八坂さんを思い出していた。
綺麗すぎて怖い。
見つめられたら、それだけで体温が上がる。
声が聞こえたら目眩がして、香りがしたら自分の居場所が分からなくなる。
どんどん吸い込まれていくような。
危険を察知している心と裏腹に、身体が言うことを聞かない。
瞳を閉じたら、髪を撫でた大きな掌が蘇った。
“おもしれぇ、やつ”
胸が締まる。
あんな風にして笑うなんて、反則だ。
家に着いて、光るiPhoneをタップすれば柊介からのメールが一通。
“今日は悪かった。俺の気持ちは変わらないよ。十和子を待ってる。”
ハリーに何しに行ったの?
ハリーのダイヤが憧れだって話したこと、覚えてたの?
そう聞きたかったけど、新しい傷はまだ生々しく痛んで。
返信もしないままに、ベッドに投げてシャワーを浴びた。
お風呂上がりの身体に、ローラメルシエのアンバーバニラ。寝る前にはこの香りと決めているせいか、刷り込みのように眠気が襲ってくる。
キャンドルを消して、月明かりだけになった部屋で。
ベッドに入って、アラームを設定しようとタップしたそこに、また新しいメールが一通。
開けば、差出人 “エリー” からの画像添付あり。
『なにこれ、かわいー…笑』
立派な眉毛を載せた、チョコレート色のチワワ。
気怠く前足を投げ出し、眠たそうな瞳でトロンとこちらを見てる。目が合った途端に癒された。
どこの犬?今日会ったのかな?てことは、福岡で?
何にしても、断然犬派の私には嬉しいサプライズ。
分かってて送って来たんだろうなぁ。
添えられた言葉は、ただ一文 “おやすみ。”
差出人はエリーなのに、これじゃこのチワワに言われたみたい。
心憎い演出に、知らず識らずのうちに心が温まってた。
「おやすみ。」
アンバーバニラの香りに混じって、遠くエリーの声が聞こえた。
『おやすみ…』画面に向かって呟く。
いつも通り6:30にアラームをセットして、画面を落として瞳を閉じる。
素足にシーツの冷たい感触が心地よく滑る。
エリーが帰って来るのは金曜日。
長いなぁ。まだ明日起きても火曜日だもん。
早く帰って来ないかなぁ。
話したいこと、沢山あるのに。
会いたいのに。
「おやすみ。」
もう一度、エリーの柔らかい声が聞こえて。
私は安心な響きのその中で、微睡みの中に落ちていった。