ルージュ・ココ・スティロ _ 9
月曜夜のブルーノートは、騒がしすぎない大人の空間。
ほどよいヴォリュームのジャズに、秘密のガールズトークも守られる。
「持ってるね〜、十和子!!!」
『だから持ってないって!その前に私、しゅ…彼氏に浮気されてるんだよ?!』
もう何度目かになる、このクダリ。
いくらキスの相手が「社内史上最高の男」でも、忘れちゃいけないそのキッカケ。
それなのに、レッドアイでほろ酔いの眞子は、何度言ってもそこを忘れる。
「だって、よりによって八坂蒼甫でしょ?!もうなんでなんで?!そしてなんでそこでキスになる?!上がる!盛り上がる!」
実名ストップ!と慌てて口を押さえようとすれば。「清宮さんナイスパス!」と高らかに突き上げられた拳が、頬に突き刺さった。
眞子の邪気の無いはしゃぎっぷりに。さすがに、クスリと心が笑えた。
「もー、ほんとこの前言ってくれればよかったのに!
これで廣井さんに頼まなくても、海外営業部と飲み会できるじゃん♡」
『できないよ…八坂さんの連絡先も何も知らないもん。ただキスしただけなんだってば。』
「その後は?」
『だからー、エレベーター降りて普通に家帰って終わり。』
「あーーーん、私も八坂さんに“悪いこと”誘われたい…♡」
両手を小さく丸めて頬杖をつく。
うっとり一転を見つめる眞子の瞳には、あの夜のボロボロな私が正しく映っているのかな。汗
「八坂さん、ほんっと素敵だったなぁ…あんな近くで見れたの初めてだったし。
イケメンで仕事出来て強引って、非の打ち所がないわ。」
そう?私は優しい人がいいけど。
だけど高鳴ったのは事実で、言葉を飲み込んだ。
「まぁ、その点だと清宮さんだって一緒か。2009年入社の2トップだもんね。」
『え、あの二人同期なの?』
「そだよ。知らなかった?」
知らなかった。柊介から八坂さんの話が出たことなんてなかったから。
きっと、特別近いわけじゃなかったんだろうな。
「これからどうなるんだろうな〜♪」
『だから…どうにもならない。あれで終わりだってば。』
「んなわけないでしょっ!終わらせるつもりだったら、わざわざあんな大衆の前で、あんな注目集めるようなことしないよ。」
フォークの先で突いていた無花果が、ガラスのフルーツ皿から欠けた。
「捨てればよかっただけじゃん、リップなんて。それをわざわざ、あんな風に渡しに来たんだよ?
八坂さんがそうした意味って、何だったんだろうって思わない?」
意味なんて持たせたくない。
だってそれって、期待に似てる。
だけど、意味がなかったと思うには。
積み重なった、甘すぎる状況証拠。