ルージュ・ココ・スティロ _ 7




こんっなに柊介に人気があったとは、知らなかった…。


早くも“こちら側の人”という自意識を確立し、ボディガードばりに好奇の目から私を守り食堂を出た眞子は。

八坂さんのこと説明しようとする私を遮り、「ありがとう!」と謎に熱いハグをかました後。「また後で!」と一目散にロビーへ駆けて行った。
どうやら、昼休みの時間が限界だったらしい。




問題は、眞子よりも全然。
まずは秘書課内の先輩だった。

一様に、「清宮さんとはいつからなのか」を聞いてくる。てっきり八坂さんとの関係に好奇は集中すると思ってたから、意外だった。

いつからって…
今にも、別れるかもしれないんだけど。汗

そう思いながらも、「いつから」と聞かれれば答えないわけにはいかない。
聞かれてないから、わざわざ『けど上手くいってなくて』と答えるわけにもいかない。



「どう?清宮さん。」

『どうって…汗』

「やっぱり花とかくれるの?」

『ああ…そうですね、記念日の時とかは。』

「まさか薔薇とか?!」

『…だった時もありますけど。』



ほうっ…、と。全員から放たれる桃色の溜息を慌てて避けた。何かに感染しそうな気がしたから。
次から次へと湧き出てくる質問に答えるけど、回答の度にうっとりしていく先輩たちの表情に、私一人だけ腑に落ちない。

だってあの人、浮気してたんですよ?
悔しいから言わないけど。








女子トイレですれ違った若い二人組には、「本当に付き合ってるんですか?」と覗き込まれた。
一応…と答えると、二人の瞳に一瞬で水膜が浮かんで。『一応ね、一応!』と意味不明に繰り返しながら、豪快にハンドドライヤーの音を鳴らしまくった。



清宮さん、清宮さん、清宮さん…
どこに行っても、聞かれるのは柊介のことばかり。
八坂さんのあの行為や、意味深な「あの夜」をむし返す人なんてもはやいない。





夕方になってやっと気付いた。
八坂さんの衝撃を、柊介が全部塗り替えたんだと。



やら、れた。
今更私たちが付き合ってることを周知された。

私はこれで、柊介と別れにくくなった。



やられた…






「(ちょっと、大丈夫?気分悪い?)」

『(…いえ、大丈夫です。)』


あまりの脱力感から、会議中なのを忘れて、思いっきり机におでこから落ちてしまった。

隣にいた先輩から、潜めた声で様子を窺われる。
ちょっと音がしたな。居眠りと思われなくてよかった。


担当の牧役員が主導する社内会議なので、役員付き秘書の私も一番後ろの席で同席する。
会議中に生まれる新たな指示を拾って、各部への連携と次なるプロジェクトの叩き台を作る。

牧役員とは今年一月からの付き合いで、まだ秘書として阿吽の呼吸…とまではいっていないから。探り探り、お好みを収集中。

集中して聞かなきゃ。聞き漏らしたら、地雷になるかも。




背筋を伸ばしたところで、ノートPCのメールボックスが赤く光った。


受信したメールの差出人は

“営業企画部第一課 江里岳人”