ルージュ・ココ・スティロ _ 6
見渡せば、けして眞子だけじゃない。
さっきまでの緊迫した空気はどこへやら、彼方此方にピンク色の蒸気が立ち上がってるのを感じる…
この空間中の女子が、漏れなく彼に沸騰している。
「ほら。」
知ってか知らずか、イロオトコ。
ココ・スティロを軽く振りながら差し出す。
…受け取りたくない。受け取ったら、負けな気がする。
って、誰に?柊介に?八坂さんに??
私を見下ろす八坂さんの口元が、キュッと片側持ち上がった。
“悪いことさせてやるよ”
瞬間、脳裏に甦った、あの夜の一言。
まさかこの人____________________
「ありがとう、助かったよ。」
響いた声は、瞬時に私を奪いかえす。
視界に入ったのは、リップを掴み取った男の手。
けして穏やかではないその仕草には、見慣れたオメガのスピードマスター。
『しゅ、…』
溢れかけた名前を飲み込んだ。
いつの間にか、柊介がすぐ隣へ立っていた。
一見穏やかにも見える横顔。だけど八坂さんを見据える瞳は、「ありがとう」と言うわりに1ミリも微笑んではいなかった。
ていうか、何この状態。
「なんで清宮さん?」後ろで囁き合う声が聞こえた。
そうだよ。なんで柊介が、我が物顔で「ありがとう」なんて言うの?
まるで、私が_________
柊「よかったな、探してたろ。」
柊介の所有物の私が、探し物を見つけたみたいじゃない_________。
今度は柊介の手に渡ったココ・スティロ。差し出されたそれに、指先を伸ばそうとしかけて。やっぱり、躊躇う。
柊「ほら。」
火傷しそう。
柊介の瞳は、形だけは柔らかく目尻を下げていたけれど。怒りのあまり、甘く溶けたようにも見えた。
まるでマグマが。沸き立つような。
もしかして柊介。
見せつけようとしてる?
その矛先は、多分…
盗み見た八坂さんの口元は、まだ片側を持ち上げてはいたけれど。柊介を見返す瞳には、刺すような光が宿っていた。
柊「十和子。」
はい?!
右耳から、強く呼び戻される。
いま、私のこと十和子って呼んだ?なんで?なんでこんなところで呼び捨てにするの?!
場内の囁きが、大きく揺らいだのを肌で感じた。
ざわめきが、熱と音を持って広がり始める。
微笑んだ恋人が差し出すのはココ・スティロ、#214 メサージュ。
その色の意は、“伝言”。
震える指先で、その伝言に触れる。
恋人からのものなのか、史上最高の男からのものなのか。
その伝言が指し示す未来を、未だ見定められないままに。