ルージュ・ココ・スティロ _ 4
前方に敵あり、右方から危険人物接近中。
和やかだったランチタイムが一転。トラップだらけの戦場と化して、身動きがとれなくなる。
早く食べてここを出ないと…!
「そーだ♡さっき先輩に聞いたんだけどさ、5月の…」
幸い、眞子はまだどちらのトラップにも気づいていない。背を向けてくれてる状態でよかった。
一口詰めた口内に、もう一口かきこむ。
飛び散る蕎麦つゆにも構ってられない。
「でね、観に行くのは自由なんだってぇ…」
…!慌てて顔を下げる。
やばい。なんか今、柊介と目が合った気がするんだけど。
気のせいだよね、気のせい…
いかん、油断した。右方は大丈夫かな。
前髪の隙間から、目を凝らして右方を確認すると。
あれ?
『いない…』
「は?何が?てか、私の話聞いてる?!」
ついさっきまで人混みの中でひたすら目立っていた八坂蒼甫は、影も形もそこにはなかった。
トレーを持った人たちが並ぶカウンターにも、すっかりいつも通りのいろんな色が戻っている。
「とーわーこー!怒」
今にも噴火しそうな眞子を慌てて抑えて、テーブルの上でおでこを突き合わせる。
『(ごめん、柊介がいるの!)』
「(えっ、どこに?!)」
『(とりあえずここ出たい。話は外でゆっくり聞くから。)』
真剣な顔でウンウンと頷く眞子に頷き返して、あと数口になったお蕎麦への未練を断ち切る。
食い意地を張ってる場合じゃない。柊介とここで顔を合わせるなんて気まずすぎる。
食事を残すのは本意じゃないけど…仕方ない、あとは残してしまおう。
ご馳走様です。
心で唱えて、瞳を閉じて手を合わせる。
閉じた瞼の向こうで、人の気配が動いたのを感じる。
眞子がそっと椅子をひいて席を立ったのかな_____________________
「これ、お前のだろ。」
その声は、目の前に落ちたように響いた。
反射的に開いた瞳がまず捉えたのは、コンコンとテーブルを叩くルージュ・ココ・スティロ。
あれ?ココ・スティロ?
私の?なんでここにあるんだろ_______
ココ・スティロから、声の主を辿って持ち上がる目線が次に捉えたのは。
眞子の肩越しに見える、驚いたように目を見開いた柊介。だけどその視線は私を見ていなくて、どこか上空の一点を見定めている。
なに?なにを見てるの?
次に見えたのは、ムンクの叫びばりの顎の開きを見せる眞子。仰け反るように背を引きながらも、真横を見上げている。
なに?なんでそんな面白い顔をしてるの?
次に自分の瞳が捉えたモノに、今度は私が絶句した。
「これ。お前のだろって聞いてんだよ。」
八坂蒼甫。
私のココ・スティロを手に、彼がそこに立っていた。
一瞬で、また世界が。
彼以外の色を失った。