ルージュ・ココ・スティロ _ 1




ない…。どこに入れちゃったんだろ?

いつものニュース番組をBGMに、月曜の朝からポーチをひっくり返す。
バラバラとコスメが白いドレッサーに広がる中、ヘレナのマスカラが床にこぼれ落ちた。


別にあれじゃなくてもいいんだけど…。
今日はネイビーのストライプスーツだから、あれでレディ感を足したい気分なのに。




シャネルのルージュ・ココ・スティロ、#214メサージュ。
濃いめのローズで、ブラウンがかった色味が肌馴染み良くて。グッと女っぽさが足せるお気に入り。


ないとなると、気になるなぁ。最後に使ったの、いつだったっけ。
だけどもう朝の支度時間は限界で、仕方なくYSLのヴォリュプテ、キスインベージュを取り上げた。
最近こればっかりだけど…まぁいっか。







週末中、柊介からの着信は止まなかった。
昨日の夜、やっとメールを一本入れた。献身的に見せかけた執拗さに、心が動いたわけではなくて。
会社で顔を合わせた時、気まずいだろうなという打算が働いたから。


『話したくない。』に対して、秒速で届いた返事は。

「分かった、待ってる。」の一言。


何を待ってるの?これじゃあ、まるで私が冷たい女で、柊介が可哀想な男みたいじゃない。
柊介のこういう立ち回り方、つくづくスマートで。つくづく、ずるい。




『あー…やっぱ、ベージュじゃなかったかも。』



鏡の中の自分に、ため息。
冴えない顔。ベージュは寝不足の瞼を、ますます重たそうに見せた。

ベージュのリップは、元々苦手だった。だけど柊介が、「悪くないよ?」と言ってくれたから挑戦した一本。


至る所に柊介が多すぎる。
あちこちに転がる気配に、頭が痛いよ。




どうしたいんだろ、私。




我ながら腐った表情。彼氏の浮気なんかで、こんなにダメージを受けた自分が悔しい。

よし、もう少しチークを足して出かけよう。
大きなブラシで、淡いピンクをもう一度頬に載せてからドレッサーの前を立った。





















午後からの会議の準備も、万全に終えて。
会議前にサクッとランチしてこようと思ったところで、業務課長から呼ばれた。


「藤澤さん。」


立ち止まった私を振り返る先輩に、頭を下げる。


『追いかけます、お先にどうぞ。』


このタイミングでの、“藤澤”指名。なんか嫌な予感だなぁ。
資料を追加したいとか修正したいとか、そんな感じかなぁ。


『何でしょう?』


諦め半分で、デスクにお財布を置いて課長へ歩み寄る。

もしこの予感が的中したら、今日のランチはお預けだ。
パワーポイントに配布資料。あと一時間で余波を受ける各種を整えるなんて、至難の技だから。