牧さんが怒鳴ったのは、きっと私のため。
それへの感謝と。

それへの、誤解を解かなければ。




『清宮さんへ、お叱りをいただいたとうかがいました。ありがとうございます。
ただ、今回の件は清宮さんに非があるわけじゃないんです。婚約破棄を決めたのも私です。だから、もし清宮さんへ思いがあられるなら、』

「お叱り?何の話?」



全て、私めへ。

そう続こうとしていた言葉は、素っ頓狂な牧さんの表情に引っ込んだ。



『え・・・その、なんだか、会議中に、一喝を、されたとか、されてないとか・・・?』

「イッカツ?僕が?」


弱々しくも繋いでいた言葉は、全てストップ。
丸く見開かれた瞳に、今度は私が面食らう。



「何の話だろう。企画部の予算組みを詰めたこと?」

『いえ、それでは・・・』

「開発部のシナリオを聞かなかったことかなぁ。あれはね、配布資料を見れば分かったんだよ。穴だらけだ。」

『いや、それでも・・・』

「平相談役を、下衆だと否したことでもないだろうし。」

『はい、それでも・・・って、ええ?!平相談役?!げ、ゲス?!』





聞き流しそうになって、急ブレーキ。

平相談役って、あの、平相談役のこと?!

経済戦乱の時代を、手段を厭わず駆け上がった大御所。ハラスメントと名の付くものは全て通ったと聞いた。
現役を退いた後も、あらゆる面でその名を陰らせない。

別名、“悪代官”。





『な、なんで、下衆?下衆って言ったんですか?相談役に?』

「言ったよ。」

『なんでっ!汗
なんでそんなこと、言ったんですかっ!!??』



前のめり。
敬意も忘れ、机に手をついて問い詰める。



「下衆だと思ったからだよ。単純に、不愉快だったから。」


思い出したような瞳で、眉を寄せる。
悪寒を払うように肩を竦めているけれど、そんな事はどうでもいい!

だから、なんで、下衆だと思ったからだっ!汗




「褒めてほしいくらいだ。ちゃんと笑顔は添えた。」


逆に、怖いって。

不貞腐れた横顔を、呆気に取られたまま見つめる。




「話はそれだけ?」

『は、はあ・・・。』


とても、“それだけ”なわけはないのだけれど。

竜頭蛇尾。
今日はこれ以上、パワーが残ってない。




「じゃあ、帰りなさい。これ以上の残業は承認しないよ。」


カミーユのビジネスカバンを取り上げる。
この人自身が帰りたいんだ、と空気を察して。