眞子と待ち合わせていたホットヨガは、キャンセルした。
柄にも無く“怒鳴った”という牧さんを置いて、先に帰ることは出来なかった。
柊介を悪く思っているなら、弁解しなくては。
牧さんの事だから、そんな事はないとは思うけれど。
社内で役員と歪みが生じると、色々と面倒だ。
「いたの?」
2時間も延長戦となった会議から戻り、牧さんは。
一人、課のフロアに残る私を見るなり、目を丸くした。
『あ、はい。お疲れ様です。』
立ち上がり、珈琲を入れようと思ったのに。
「帰りなさい。僕ももう帰るから。」
見透かされたように、制された。
時計が指すのは、20時半。
確かに、秘書課の人間がこんな時間まで一人残ることは殆どない。
よかった。これでゆっくり、この人と話が出来る。
『牧さん。』
言葉とは裏腹に、PCの電源を入れる牧さんのデスクへ立ち並ぶ。
『ご報告があります。』
一瞬、ほんの僅かに目線を上げた後。
その揺れを隠すように微笑みを作った。
「どうしたの、改まって。」
未だに、向き合うと緊張で姿勢が伸びる。
それを言うと、この人は笑うけれど。
『清宮さんと別れました。婚約の話も、白紙になりました。』
頭を下げる。
精一杯の敬意を込めて。
『ご報告が遅くなりまして、申し訳ありませんでした。』
こんな紳士風情の人が、怒鳴ったという。
その行為に、一抹の愛情を感じずにはいられないから。
「・・・似てるな、君たちは。」
『え?』
期せず返って来た言葉に、思わず頭を上げる。
もう微笑みを浮かべてはいない、瞳と目が合った。
牧さんの、素の瞳は。
「勘違いしないで欲しいんだけど。僕はね、君が清宮と別れようと結婚しようと、そんなことはどうだっていいんだよ。
僕には、全く関係ない話だ。」
鋭く冷たく、私を射抜く。