あれから午前中いっぱい、内線が鳴り止まなかった。

各部の、顔も思い出せないような「元同僚」達から。
延々と事実確認の問い合わせが入ってくる。



婚約破棄、交際終了の事実を認めても。
その次は「なぜ?」「復縁の可能性は?」と立て続けな無神経は終わらない。


見兼ねた先輩達が、交代で私の内線をピックしてくれる次第となった。
内線が鳴るたび、耳を塞ぐ。

穏やかだったはずの1日の始まり。
さっきまで優雅に紅茶なんて飲んでた自分が恨めしい・・・







ふと、机へ突っ伏しかけた姿勢の中で。
PC画面に新着メールのポップアップが浮かんだのが見えた。

まさか。
電話だけじゃなくて、メールでも攻撃が始まったわけじゃないよね?


怠惰な姿勢のまま、指先だけでワンクリックした、そこには。






差出人 : 八坂 蒼甫






読み解くのと、姿勢を起こしたのとでは。
開封ボタンをクリックした指先が、ほんの少し先だった。

哀しきかな、条件反射。



“忙しい?”



たった一言の、そのメールには。

目の前の雑踏から遠く突き放す力が、十二分で。

引き寄せられる意識。
顔を見せずとも、私を操る。

それが堪らなく悔しくて、腹立たしい。






“忙しいですよ”


打ち掛けて、ふと爪先を止めた。

ちょっと待って。忙しい?ってどういう意味?

久しぶりにやって来たメール。
以前の流れだと、仕事を頼みたい時の書き出しだ。




唇を噛む。
さっきまで嗜んでいた、シナモンティーの甘さが滲んだ。




そっと、現在進行中の役員会議の参加者名簿を開いた。
海営からの参加は、廣井さんだけか。

それなら、この“忙しい?”は、柊介とのことに関してではなく。
単純に、今この時、私が忙しいかどうかということ。