もうすぐ、1階に着いてしまう。
深夜の時間が終わってしまう。
息を吐いた。
何回でも、ちゃんと、伝えよう。
『私ね、柊介と別れたこと、後悔してない。』
やけに響く声に怯みそうになるけど。
『時間はかかったけど。すっごく考えて、悩んで決めたから。納得しきって決めたから、これからも後悔なんてしないと思う。』
この人が、何年でも、私を探してくれたように。
『今日エリーに伝えたかったのは、ただ、その事だけ。』
何度でも、ちゃんと、届けたい。
『それを誰よりもエリーに伝えたいと思って来たの。それだけなの。』
想いを込める。
振り返る、エリーの瞳は。
「・・・うん。分かってるよ?」
相変わらずに、優しくて。
『だってっ、・・・何かあったのかとか、愚痴聞くよとか言うから、』
「それでも心配するんだよ、好きだから。」
シンプルなカタチで、私を満たす。
「藤澤の気持ちは、ちゃんと分かってるって。」
『ほんとかな・・・。』
「ほんとほんと。ていうかさ、もうその話しないで。」
絡まる、指先。
「本当に、帰したくなくなる。」
捕まる、心。
二人を乗せたエレベーターは。
今夜はやけに、スローに堕ちる。
さすがに、この時間の新宿は人気も車も引いていて。
オフィス前の大通りで、流れる車の中にタクシーを探した。
エリーと二人、並んでガードレールに腰掛ける。
これまでにも何度も、こうやって二人でタクシーを待った。
飲み会の帰り道、残業の後、出張の道すがら。
今夜からの私たちが違うのは。
そっと重なり合った指先。
「明日から、藤澤もフリーかぁ・・・。」
『フリーって。笑』
軽い言い方が可愛くて。
『嬉しい?』
ちょっと意地悪に、横顔を覗いてしまう。
「ううん。」
それなのに、もっと上手なエリーには、簡単に抱き寄せられてしまって。
「夢みたいだ。」
囁いた声の熱さに、目も眩む。
熱い溜め息を吐きそうになって、唇を噤んだ。
エリーの肩越しに見える、落ちそうな満月。
これまで隣で見た、いつの色とも違う。
エリーの腕の中で見る世界は、こんなにも温かい。
私は、この景色を一生忘れないかもしれない。
鼻先を肩に沈めた。
濃くなるばかりの清潔な香りの中で、そんなことをぼんやり思った。