#眞子side
馴染みのスタイリストの。
「肌ツヤがいいわね♡」に応える声は悲鳴気味に裏返った。
『良くありましぇんっ!!』
フロアの注目を一身に集めたのを察知。
ますます、小鼻に脂汗。
「ちょっと・・・、やめてよ。他のお客様の迷惑になるでしょっ!汗」
小声で肩を小突かれる。
『じゃあ揶揄わないでよっ。私いまナイーブなのよ!』
「はぁ?あんたのどこが“ナイーブ”なのよ。自分から誘っておいて、キスされたくらいでギャーギャー騒ぎやがって。中坊か。」
『誘ってねーわ!汗』
鏡ごしに目が合う、あられメガネの奥の呆れた瞳。
「本気で言ってるなら、刈り上げるわよ?」
パフォーマンスに取り上げるバリカン。
いっそのこと、それもアリかななんて思ってしまう。
掻き回された髪。
鼻先が押し付けられた肩から滲んだレッドローズ。
生温いシトラスの味。
取り憑かれたとは、まさにこのこと。
寝ても覚めても、彼が離れない。
『もう寝不足なんだから・・・早くヘッドスパしてよ。ウトウトしたい。涙』
「えっ、寝てないの?!ちょっと、あんたヤダ!!」
『だから、ちがっ、』
勘違いに色めく友人をさすがに制止しようと。
半身を返しかけたところで、向かいの通りに別の友人を見つけた。
『あれ?エ、』
「ぎゃーーーー!!!松葉杖の君!!!」
松葉杖の、きみ?!汗
不可思議な単語に慄く私を他所に、さっさと鋏と私を置いて通りに飛び出して行く。
染め上げた頬と、大きな身振り手振り。
聞こえなくても分かる。今の“彼”の声は普段より数段高いはず。
全身から好意を迸らせながら彼が内股で向き合うのは。
私のもう一人の異性親友である、エリー。
店内から手を振る私に気づいたエリーは、余所行きを崩して懐っこく笑った。
松葉杖から手を外して、爽やかに振り返してくれる。
余所行きを崩して、なんて。
いつものくだらない優越感かもしれないけれど。
心は乙女な彼の風当たりの強さが一層増したので、きっと勘違いなんかじゃない。