舞い上がった花香を前に。

振り返った明日香ちゃんは、固まった。


明「え?なにそれ?」

柊「・・・、」


がんばれっ、柊介!
真っ赤なカーネーションの花束を差し出したまま、うなだれる柊介を心で鼓舞する。


明「・・・どした、」

柊「おめでとう、明日香。」

明「おめでとう?何が?」

柊「・・・。」

明「誕生日?ならまだ先じゃん。」



つ、伝わってない?汗

あまりに焦れったくて、つい口を挟みそうになった時。

うなだれていた小さな頭が、ゆっくり持ち上がった。柊介が意を決したのを悟った。

もう何度も、見慣れた背中の気配。




柊「家族が出来て、おめでとうって言ってるんだよ。」


また、一歩。明日香ちゃんへ花束を押し出す。


柊「お前が母親になれるなんて思ってなかった。」

明「はぁ?!ちょっ、怒」

柊「お前は母親の姿を知らないだろう。」






息を、飲んだ。


柊「母さんが死んだ時、まだ小さかったから。記憶も殆どないだろう。」


明日香ちゃんは固まったまま、まだ花束に触れない。



柊「お前が結婚なんて、ましてや子供なんて、どうなることかと思ったのにな。人間やってみれば何だって出来るもんだな。
肩の荷が下りたよ。もう俺が面倒見てやらなくてもいいんだから。」


_____________触れられない。




憎まれ口、なのに。

なぜこうも、熱く心に刺さるんだろう。



口を噤んだままの明日香ちゃんの表情を見た、とき。

つられて緩んだ涙腺に、慌てて視線を眠る美紅ちゃんへ落とした。




明「・・・なんなの、もー。悪口なのか優しいのか、全然分かんない。涙」

柊「さっさと受け取れ。3、2、・・・」

明「ちょ!子供か!笑」



柊介の笑い声と、カーネーションの香りが弾けた。
赤い花ビラが、舞台幕のように明日香ちゃんを彩る。素顔のはずなのに、その奥の笑顔は今までの何時より綺麗で。

私の知らない、二人の歴史がそこにはあった。





フラワーショップで、贈る花を二人で選んだ。
詳しい方ではないけれど、持ち合わせる花言葉を伝えながら。

カーネーションの前で立ち止まる柊介に、色によって意味が変わると伝えた。
赤を指した彼に、解を答えると。「だから母の日に」、という店員さんの付け加えを待たずに、「これを花束に」と返した。



「お母様にですか?」、と。
微笑む店員さんに柊介は何も応えなかったけれど。

柊介から、明日香ちゃんへ。
贈るこの‘赤’は、勲章だと思った。

お母さんを知らずして、お母さんになった明日香ちゃんへ。
柊介の手を離れて、新しい家族と歩き出す明日香ちゃんへ。




そんな彼女へ、‘赤’を選ぶ柊介を。

柊「馬子にも衣装って感じ。」

明「はぁ?!」




好きになって良かったと、改めて思えた。