これはきっと。
歯を立てれば、バターを崩しながらホロホロと砕ける。



「だけど、俺の気持ちは俺が決める。」


ひたすらに甘い香りが。


「俺は君を諦めない。」


苦いエスプレッソによく合うんだ。





柊介がソーサーに戻したカップの金属音が、やけに響いた。

射抜くような視線を感じる。
今度見据えられるのは、私の番だ。


そう言われれば、そうなのかもしれない。
柊介の気持ちを決めるのは、柊介だ。だけど、ここで頷いてしまえば余計な遺恨を残すことになるんじゃないだろうか。

『分かった。』と答えてしまえば。
それは柊介にとって、期待に変わるんじゃないだろうか。


そんなの、“誠実”じゃない。







『・・・あのね、』

「十和、大丈夫だから。」


意を決して唇を開けば、柔らかく遮られた。

大丈夫、の。意味が分からなくて彼を見上げる。




「止めなきゃ、なんて思ってるんだろう。無理だよ、止まらないから。」


またそんなこと言って・・・!
そう思うけれど、真っ直ぐ向き合う視線は柔らかかった。


「期待なんてしないから安心して。迷惑かけるようなこともしないから。
ただ、暫くは俺の勝手にさせてよ。」


暫く。

切ない意が心を射す。



「気持ちが冷えるまで、勝手に好きでいるだけだ。」









何も答えられぬ間に、柊介はまたエスプレッソを唇に含んだ。


子供な私は、こんな切ない言葉に返せる言葉を知らない。
柊介の方がずっと上手だ。思いのままに、私の抵抗を止めた。



手持ち無沙汰に、サブレに手を伸ばした。
思ったとおり、バターの香りを零しながら歯先で砕けた。
一つ減ったのを見て、柊介が何も言わぬまままた一つソーサーへ取り分けてくれた。


視界に入って抜けていく、柊介の指先。

長く華奢で、いつも切り揃えられた短い爪。一緒に選んだ、オメガのスピードマスター。

この甘いサブレが、柊介から最後に受け取るものになるんだ。





やっぱり痛む鼻先に、慌てて白茶を口元へ運ぶ。

今度は私の鳴らす金属音が、午後の光の中で静かに弾けた。