同じ風が、柊介の前髪と私の頬をはらった。

夏の香りがして、心が騒ぐ。




『ごめん、ね。』


あまり話すと溢れそうで、それだけ発した。


ずっと、引っかかっていた。
謝りたいと思っていたけれど、浮気された私が謝るなんて出来なくて。
自分に素直になれなかった。



寅次さんのこと。断っていたドイツ異動の話。
私の知らなかった、柊介の葛藤と孤独。


柊介は私を庇うけれど。
それを置き去りにしたのは、間違いなく私の罪だ。

理想像を押し付けて。

柊介を孤独にしたのは、この私だ。




「十和子に謝られるようなことは何も無い。
俺がこれから、一生をかけて償うだけだ。」



“一生”、というフレーズだけ。
やけに響いて、鼓膜に届いた。



風が吹く。

相変わらず、跪いたまま目を逸らさない柊介から。
鼓動を跳ね回したまま、私も目が離せない。







「つまらないプライドはもう要らない。」



私を見上げる瞳には、もう柔らかさは微塵も浮かんでいなかった。



「君のために、生きると誓う。」



痛いほどに熱い

決死の、覚悟だけ。







「十和子。」



胸が張り裂けそう。

何度も私を呼んだ、至極の声が。










「俺と、結婚してください。」









舞台の幕を、上げた。