#エリーside




エ「藤澤がいいなら、それでいいと思ってきました。」




週末の夜のせいか。
今日はやけに、信号に引っかかる。



エ「誰と結ばれようと、何が起きようと。
最終的に藤澤にとっていいなら、それでいいんだと思っていたんです。」



交差点を行き交う人々の群れに、藤澤と柊介さんの姿がダブる。



エ「親友を求められる限りは、親友でいようと。
彼女が、それを望むのであれば。」



出会った日から、今日までの彼女が浮かび上がる。



エ「だけど、今は違います。」



視線を外して。

隣の横顔を、見据えた。




エ「藤澤を幸せにするのは、俺でありたいと思っています。」




少しも動じない顔色の中に。
僅かなブレが、生まれることを願って。

暗い車内で、その動きを確認することは出来なかったけれど。




八「そう。」



返答はひどく、落ち着いたままだった。
その姿に俺は、諦めではなく。

これがこの人の、不器用さなのだと思い出す。




学生時代の夏の日。
何も言わずに、差し出された一冊のノート。

助かりました、と返したあの時も。
この人はただ、こう答えたんだ。





違う形だったら。

俺はきっと、この人が好きだった。









エ「譲りませんよ。・・・蒼甫さんには、多々借りがありますけど。」

八「覚えてたのか。」

エ「こう見えても、義理堅い方なんで。」

八「なら譲れよ。笑」

エ「だから譲りませんって。」

八「まぁ、いいけど。」



聞きたくもない、本心を。



八「譲られるようなヘマはしねぇよ。」



引き出したところで、安堵する。

完全無欠と言われるこの人から、戦線布告を受け取って。
そんな場合じゃないと分かっているのに。
妙に自尊心が擽られて。








エ「・・・一つだけ、クギを刺しておきますけど。」


窓の外を流れ始めた、見慣れた景色。
つかの間の休戦が終わることを、知る。


エ「誰が見ても。清算したと言える状態にしてください。」


多くを言わずとも、これだけで伝わる自信があった。



八「・・・。」



返事の来ない、右側を振り返る。
横顔は、光の影になり表情は読み取れないままで。

返事がないことが、返事なのだろう。

そう思って、俺も視線を夜の空気へと戻した。


















八「とっくの昔に、終わってるよ。」




そう聞こえたのは、暫く会話が無くなった後に、やっと家が見えた頃だった。

まだそれを考えていたのかということに、驚きながらも。
ここまで、どんな想いでこの一言を探していたのかと思うと。


何も、応えることが出来なかった。








八「月曜は午前中。お前の出れる時でいいから、電話して。」

エ「指示ですか。」

八「指示じゃない、命令だ。」

エ「・・・分かりました。」



譲らない態度に降参して。通院させてもらう約束を交わして、ドアを閉めた。

立ち去る車の後ろ姿を、初夏の夜の中に見送る。





苦虫を思い出す。
古傷を抉るように、思い出す。

深く息を吐いて、松葉杖の方向を踏み変えた。









ただ一つ手に入るなら、ではなくて。









ただ一つ、彼女しか要らない。