#エリーside




言い方には、気を付けようと。

決めていたのに声を荒げずに出来ただけだった。




「脇が甘すぎます。」



走り出すまで、待てなかった。

呆然と立ち竦む須藤を前に、何とか笑顔のまま車のドアを閉めて。

隣のドアも閉まった瞬間、もう言葉が出た。




「あんな風に目につくところに。
藤澤が懸念するようなものを置かないでください。」



携帯に浮かんだ、あの名前。
藤澤の酔い濡れた瞳とのコントラストに、血の気が引いた。


流れるように走り出した車体に。
気づいたのは、景色が変わってからだった。




八「足、悪いんだってな。廣井さんから聞いた。」

エ「話を変えないでください。」

八「変えてねぇよ。」




土曜のこの時間の有楽町は。




八「それこそ、今のあいつの一番の懸念材料だろう。」



人も車も、ひたすらに混み合う。



八「時間を合わせるから。通院、俺が送るよ。」

エ「・・・結構です。」

八「聞いとけ。」



“あいつのために”なんてまた言われるんだろうと思ったら。

整いすぎた横顔は、唇を閉じて前を見ていた。



この人の隣に、大人しく並ぶ日が来るなんて思っていなかった。

こんな時間が。
次に、またいつ来るかと思うと。




エ「ずっと、言おうと思っていた事があるんです。」

八「俺も。聞きたいと思ってた事があるんだけど。」



何となく。
繋がりが見えた気がした。



エ「藤澤は、何も知りません。」

八「何で、お前は話さないの。」




そして、それはやっぱり合っていた。




エ「俺が話す事ではないからです。同じ話でも、誰に聞くかによって変わるでしょう。
正しく伝えられるのは俺じゃないと思うし、そうするのが___________」



見上げた大きな月に。
ふいに、彼女の香りが浮かんだ。




エ「蒼甫さんの責任だと思います。」




甘く香ばしく。鼻先を痛める。


ウィンカーの音が。
暗い車内で、微かに響いた。




八「・・・いつから?」

エ「貴方よりかは、少し長く。」

八「言うね。」




言葉聞こえは軽かったけれど。
その横顔は少しも、笑みを含んでいなかった。

茶化されたのではなく。

“貴方より長く、彼女を好きです。”

そう答えたことに、真っ向から肯定されたのだと知った。







須藤が、「十和は体調を崩して帰った。清宮さんがそれを追いかけた。」と伝えた時。
この人は何も言わずに、ただ俺を見ていた。

それでよかったのか、と。
聞きたかったんだろうと思う。


貴方には分からない。


楽しそうにしていた彼女が。
何を思い、急に一人で立ち去ったのか。

それを思うと、切なさにも怒りにもなれない感情が、行き場もないまま憤る。

俺のこの憤りの矛先は、いつも貴方にある事を。
貴方にはきっと、分からない。