まだ少し、初夏には早くて。

河原を抜ける風は冷たかったけれど、ちっとも帰りたくはならなかった。





『本当に?!笑』

「本当だよ。だから俺は言ってやったんだ、・・・」



何度めかの、涙が出るほどの私の大笑いに。
柊介はドヤ顔で、三本目の缶ビールを開けた。


河原周りを囲む鉄柵に、二人並んで腰掛けて。葉桜の中で、月明かりを反射する川の流れを見ていた。

柊介は、私の腰掛ける場所に迷わずに自分の上着を掛けて。私も躊躇わずに、それに甘えた。





惜しみなく、自分の失敗話を公開して。
しかもそれは、私のツボを押さえるようにきっと脚色されていた。

柊介の思うままに、私は笑い転げさせられていく。



『ちょっと待って、それってどんな顔?!』

「そうだなぁ。再現して見せるなら・・・」

『・・・ぶっ!笑』




珍しい。柊介のこんなサービス精神。
むしろ、もしかしたら初めてかもしれない。

自分のミステイクをこんなに面白おかしく。よりによって、私に披露して聞かせるなんて。これまでだったら考えられないことだった。

柊介は、いつもオトナで。
スマートで間違いなくて、格好良い人だったから。





お茶にするか?、と。
空いた酎ハイの缶を受け取りながら尋ねる柊介に。

首を振ってビールを指した。

つかの間、驚いたように瞳を見開いて。
すぐに柔らかく目尻を下げた。




「こんなに飲んで帰れる?大丈夫か?」

『大丈夫だよ。送ってくれるんでしょう?』

「勿論。眠りにつくまで、側にいてあげる。」

『だから部屋にはあげないって!』

「チッ。」

『し、舌打ち?!笑』




二人同時に吹き出した。


柔らかな瞳と目が合う。
頬を撫でる風は、初めて夏の匂いがして。

こんな風に大きな口で笑う柊介も。
八つ当たって、駄々をこねる私も。


今まで、どこにいたんだろう。

こんな二人の在り方が、あったなんて。







月を見上げた。

降ってくるように、大きく澄んだ月だった。



瞳を閉じて、夏の匂いを吸い込む。

ささくれだっていた心が。

じんわりと、埋められていく。






はい、と。

呼ばれた声に振り返る。





「無理して飲むなよ。」




片手で、空いた酎ハイの缶を差し出す。

こんなに柔らかく微笑まれて。
柔らかくなれないわけが、ないほどに。




『ありがとう。』

一人にしないで、いてくれて。



心で独りごちて。

指先が重ならないように、ソッとその缶を受け取った。