隣に並ぶことはなかった。
私がひたすらに歩いて、柊介がその後をただ追うばかり。
「疲れただろう。涼しいところで少し休憩しないか?」
『嫌。』
カフェの前を通れば、「甘いものを食べようか。」と。
映画館を横切れば、「レイトショーでも見ないか。」と。
子供の機嫌を取るように話しかけてくる柊介に、首を振りながら歩き続ける。
振り切ろうと早足だったこともあって、気づけば家のかなり近くまで戻って来ていた。
どれくらい歩いたんだろう?
アドレナリン大放出だったおかげで。疲れは殆ど、感じていないけれど。
六本木の華麗な景色と打って変わって、小さな信号に足を止めれば。
柊介が大人しく、隣に立った。
風に乗る、薄いBVLGARIの香り。
何度付いてこないでと凄んでも、ちっとも言うことを聞いてくれない。
このまま家まで付いてくるつもり?
絶対、上げないけど。
『ねぇ、どういうつもり?』
「え?」
『家まで付いてくるんじゃないでしょうね?』
「付いて行くよ。」
『上げないよ?!汗』
やっぱり!汗
語尾強めに、諌めれば。
「分かってるよ。送るだけだ。」
ほんの少し瞳に浮かんだ、傷ついた色に。
しまった、と思う。
柊介が、ここまで下心なく追って来たのは。
崩れた前髪、身なりを気にせず腰に巻いたジャケット、ウォーキングには向かない華美な靴。
そのどれもが、顕著に物語っていた。
『・・・。』
ごめんなさい、と言いそうになって堪える。
謝りたくない。
私は別に、何も悪いことはしていない。
「今度はどうした?唇が尖ってる。」
『煩いな、見ないで!』
青信号を灯した交差点を、我先にと踏み出す。
柊介は違わず、絶妙な距離を置いてそれを追う。
いつか廣井さんに、「柊介にキレて暴れろ」と言われたことを思い出した。
そうして腹を割って振舞ってみろ、と。
「十和、見てごらん。今夜は月が綺麗だよ。」
『そう。よかったね。』
そうしたら柊介は、どうするんだろうと思っていたけれど。
「ああ。十和子と見れて最高だ。」
思っていたよりもずっと、動じない彼がここに居た。
何を言っても響かないこの様子に。
張っていた肩の力が、少しずつ抜けて行く。
不思議だな。
これまでは、柊介といると良い意味で緊張感があって。
心地良く、背筋が伸びる感じ。
素敵な柊介に、素敵に釣り合わなきゃなんて思っていた。
それが、今や。
「十和!ちょっと待ってて、トイレ借りてくるから!」
『えっ、ちょっ、はっ?!汗』
突然コンビニに駆け込む。決して素敵ではない彼を、ため息を付いて見送ってみたり。
空を見上げた。
そこには確かに、見事な満月が輝いていた。
不思議な感じ。
これまでの私たちとは違うけれど。
居心地はそんなに、悪くもない。
「お待たせ。」
『大丈夫?お腹でも痛い___________』
振り返れば。
柊介の手、ビニール袋から覗くビール缶。
「そこの河原で、少し休憩しよう。」
外でお月見なんて、ガラでもないのに。
悪くないかもなんて、思ってしまう。