阿呆らしい。

好都合なフラットシューズで、ガシガシ六本木の人混みをすり抜ける。




頭が冷えると、ただただ自分に腹が立った。

結局のところ、私は八坂さんに何か期待していたんだ。
何もない、なんて口では言いながら。私はもしかして、彼にとって特別なんじゃないかと。

浅ましい期待。
史上最高の男相手に、一体何を舞いがっていたんだろう。

笑えるわ。
彼には他所に、「貴女」がいたと言うのに。





大体、あの人もあの人だよね。
何回キスした?そのどれも、彼から動いたものだったはず。

エレベーターに会議室に、彼の部屋___________


___________だめだ、キスを数えるのは止めろ!いつかの懐メロみたいになってる!汗






それとも、なに?もしかして、帰国子女だったりする?
キスは、挨拶的感覚だったとでも言うのかも。


エレベーターでのキスは、私が泣いてたから「ファイト」の意。

会議室でのキスは、私が体調不良だったから「パワー注入」の意。

彼の家でのキスは___________


___________だめ!だから、キスを数えるのはだめ!!汗










交差点に足を止める。

ビルの合い間から、東京タワーが覗いた。

ネイビーブルーを背景に、見慣れたオレンジ色の電飾。
初夏の近まりを感じさせる、ぬるい夜風が頬を撫でた。




止めよう止めようと思いながら、堂々巡りの痛みを持て余す。


最初から何もなかったんだと思いながら、そう言い切れないのは。
そう言い切りたくないだけなんだろうか。




「貴女」がありながら。

何てことしてくれたんだろう、あの人は。










鼻から大きく、憤慨の息を吐いたら。

隣で、信号待ちをする父親に手を引かれた小さな女の子が。斜め下から不思議そうに見上げる。

慌てて、口元を持ち上げて笑顔を作った。





“十和子”


そう、思えばいつの間にか呼び捨てになんかされて。

人目もはばからず私を呼んだ。ああいう行動も、勘違いさせるよね。




“十和子”


二度と呼び捨てになんてされたくない。

八坂さんに呼び捨てにされる筋合いなんて、そもそもどこにもなかったんだから。






「十和子」


だから、もう二度と呼び捨てになんて__________。