#エリーside
席を立った彼女が戻らない。
見られては・・・いないと思う。不思議そうな顔をしていたから。
心で舌打つ。
あんな不用意に、懸念させるようなモノを置いて行くなんて。
考えが足りないんじゃなくて。
考えていないことが、無性に苛立つ。
眞「ねぇ、まだお酒頼んでもいいかな?」
エ「ああ・・・うん。何にする?」
耳打ちされて、我に帰る。
背を丸めて、薄く開いたメニューを覗く。廣井さんが戻ってから、すっかり大人しくなった須藤は微笑ましい。
そんな須藤を、横目で盗む廣井さん、も。
柊「あれ?須藤さん、十和子は?」
眞「トイレじゃないすか?ていうか、それより八坂さんは?」
柊「それよりって・・・君、うちの十和子を何だと思ってるんだ?大体八坂の行き先なんて俺は知らないよ。」
眞「また“うちの”とか言ってる・・・ほんと往生際悪いな・・・。」
柊「おいっ!怒」
二人のくだらない言い合いに、口元を緩める廣井さんが眼に入る。
廣井さんの隣、八坂さんと藤澤の並び。
空席になったままの、二つの並び。
空席になったままの。
二つの、並び。
彼女の席に。
先ほどまであったタオルハンカチも、小ぶりな鞄も。
見当たらないことに、ようやく気付いて。
察し、た。
柊「大体な、君は目上に対するはいりょ、」
エ「帰ってください!」
思わずあがった声は、和やかな空気を一刀両断した。
その不躾の矛先が自分だと気付いて、柊介さんは眉間を寄せる。
柊「ああ?」
殺気立つ彼に。
躊躇できる暇は、もう一寸もない。
眞「ちょっ、ちょっとエリー!汗
なにもそこまで怒らなくても、」
エ「お願いです。今すぐ帰ってください。」
頼むから。
もう、あの夜みたいに。
柊「・・・おま、」
エ「藤澤が帰りました。」
悔いても悔いきれない過ちを。
ひたすらに尽きない悔悟を。
エ「荷物がありません。一人で帰ろうとしています。」
頭を下げる視界の向こうで、仲裁しようとしていた廣井さんの気配が止まった。
エ「この足じゃ追えません。お願いですから、」
あの夜を繰り返さない。
もう二度と、彼女を見失わない。
エ「藤澤を、追ってください。」