差し出しかけた右足は、行き場を失った。
硬直した思考の中に、鈍痛を感じた。
それは、たった三文字の発音で。
単純に“アナタ”と聞こえただけのはずなのに。
私には、ひどく正確に“貴女”と響いた。
「いや?」
思えば、あの眼差しは真剣なんじゃなくて。
「何でもない。」
あの表情は、集中してるんじゃなくて。
「何でもないって。笑」
遠く熱く、焦がれたような。
離れた誰かを、想うような。
後退る。
聞くんじゃなかった。
こんな八坂さんなんて、見るんじゃなかった。
次の言葉が聞こえないうちに、踵を返した。
心を塞ぐ。
何てことないと、言い聞かす。
“貴女”
耳奥で疼く響きを振り切るように。
もつれた足で、走り出した。
私はほんとに
何、やってるんだか。